雲仙普賢岳祈りの日

雲仙普賢岳祈りの日

1991年6月3日、長崎県島原半島の雲仙普賢岳が大火砕流が発生しました。当時、避難勧告地区内で警戒中の消防団員や警察官、取材中の報道関係者などが火砕流に巻き込まれて死者40人、行方不明3人という犠牲者を出しました。この事がきっかけになり、1998年に長崎県島原市が「いのりの日」を制定しています。以降、多くの犠牲者を出した大火砕流の発生時刻である午後4時8分にサイレンを鳴らし、黙祷を行っています。

雲仙・普賢岳の噴火

雲仙普賢岳が噴火

1990年11月17日、長崎県雲仙市の雲仙普賢岳が198年ぶりに噴火しました。その後は、頻繁に火砕流や土石流が発生し、島原市など多くの地域が被災しています。その犠牲者は、翌年の91年6月3日の大火砕流で死亡、行方不明となった地元消防団員や警察官、報道関係者ら43人を含み計44人です。そして、96年の終息宣言後の現在も、溶岩ドーム崩壊の恐れがあることから警戒区域を設定しています。

あの大火砕流から30年、溶岩ドーム崩壊を想定して避難訓練

大火砕流から30年、溶岩ドーム崩壊を想定して避難訓練

1991年の普賢岳大火砕流で43人が犠牲になってから、かれこれ30年となり、現在でも溶岩ドームの崩壊の危険性が高まっているといわれています。その溶岩ドームの崩壊を想定した防災訓練が、麓の島原市と南島原市で合同で行われました。この訓練では、両市民でおよそ2100人の住民や関係者が参加し、それぞれ「情報伝達」や「避難訓練」などが行われました。その中でも「避難訓練」は、地震による雲仙普賢岳の溶岩ドームの崩壊で危険性が高まったという想定で行われました。

保育園の園児も避難訓練

島原市の保育園では、園児や職員40人ほどが避難ルートを歩き、避難所に指定されているおよそ1㎞先の島原中央高校に向かい、避難した園児の確認や保護者への引き渡しが行われました。現在は、雲仙普賢岳の火山活動は落ち着いています。しかし、山頂には崩壊寸前の大きな溶岩ドームがあるので、その危険性は今でも指摘されています。今回、訓練に参加した園児の母親は「仕事中に溶岩ドームが崩壊して火砕流が発生したら、どう対処していいのか分からないので、避難場所に無事に子どもを届けてくれて、その時の避難対応が確認することができた」と話していました。島原市「安中地区自主防災会」の横田哲夫会長は今回、情報共有などの反省を述べていたとか。

火山の噴火や地震は予測ができない恐怖がある

現在日本では、ほぼ毎年といえるほど様々な自然災害に見舞われ、たくさんの人たちが被害に遭遇しています。台風や集中豪雨、大寒波などは、気象庁から予報によって最低限の命を守る早めの避難が可能です。しかし、火山の噴火や最近の「淡路大震災」、「東日本大震災」など地震は、直前のアラートでしか発生を知ることができないのが現状です。日本は火山列島であるため、これまでも桜島の噴火や阿蘇の噴火が頻繁に発生しています。それゆえに桜島など活発な火山の近くに住む方は、「雲仙普賢岳祈りの日」のように「桜島の日」を制定して毎年、避難訓練を行う日を設けてその時の状況での問題を解決し、速やかに避難できるようにしているようです。現在の科学では、避難訓練こそが、人々の命を守る最高の手段だと思います。

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