青函トンネル開業記念日

3月13日は青函トンネル開業記念日です

青函トンネル開通記念日

1988年のこの日は、本州の青森と北海道の函館を結ぶJR北海道の海底トンネル「青函トンネル」が開通した日で、その出来事を記念日としました。

青函トンネル

青函トンネルは、日本鉄道建設公団が日本のトンネル建設技術を結集して建設された世界最長の53.9kmのトンネルです。その建設は長い年月が掛かっていて、開通した年から約40年前に地質調査が開始され、その7年後の8月になると、鉄道敷設法予定線が位置付けらています。そしてその後、「洞爺丸事故」をきっかけにトンネル建設の気運が盛り上がります。そして、10年後の4月に調査線となりました。その年の5月に調査斜坑掘削が開始され、7年後の4月に、工事線となります。それからその年の9月からようやく本格的な工事が着手されたそうです。

色々な困難を乗り越えて遂に開通

青函トンネル

その工事では、異常出水などの困難を克服して1988年の開通しました。そして、このトンネルによって本州と北海道が一本のレールで結ばれましたが、このトンネル自体の建設費が5,384億円、さらに津軽海峡線の青函トンネル以外のアプローチ等も含め、6,890億円もの巨額な大金がかけられたのも事実であります。しかしながら青函トンネルの建設は、世紀のプロジェクトともいうべきものであることもまた、事実でもあります。

洞爺丸事故

洞爺丸事故

1954年9月26日午後7時、風速50メートルの暴風の中で「青函連絡船の洞爺丸」は函館港を出港しました。その後、間もなく航行不能となり、午後10時過ぎに七重浜の沖で転覆しています。そして、死者が1004人出るなど日本の海難史上最悪の大惨事になりました。その翌の27日なって七重浜では、遺体が引き揚げられたそうです。そして、28日には本州から家族600人ほどが函館に着き、わずかな希望を頼りに、肉親の捜索を求めたといいます。

海底を掘り繋いだトンネル

シールド工法

一般的なトンネルは、山をくりぬき通すようですが、それでも十分リスクを背負っての工事です。しかし、今回の海底トンネルともなれば当然、工事期間も長くなり、崩落すれば土砂と水圧のリスクも伴います。そう考えると、日本のトンネル建設技術(シールド工法など)はどれだけ凄いことなのかということになります。

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