旅の日

5月16日は旅の日です

旅の日

1689年5月16日、俳人である松尾芭蕉が江戸を出発し、あの有名な「奥の細道」の旅へと旅立ちました。そしてこの日は、旅を愛する作家や芸術家などにより、結成された「日本旅のペンクラブ」が1988年に「旅の日」として制定しました。

奥の細道

奥の細道

「奥の細道」は、江戸中期の俳諧紀行であり、1689年に松尾芭蕉が門人の曽良と江戸深川(現在の東京都江東区)を出発し、「奥州」から「北陸の名所」、「旧跡」を巡って、8月の大垣までの紀行を、俳諧を交えて書き記したしたものです。その年の旧暦3月27日(5月16日)に芭蕉は、門人曽良を伴って江戸の深川を出発、東北・北陸地方を巡ると、8月21日に大垣に到着しています。その期間はおよそ5か月間にわたる旅の道のりは、2,400㎞にも及んで、1日に換算すると、30~40㎞ぐらい歩く日もあったとか。

旅の目的とは

瀬田の唐橋

「奥の細道」の旅は、松尾芭蕉にとって歌枕(平安時代や鎌倉時代に和歌で記された名所)を巡りながら昔の人の心境を感じ、自分の心を重ね合わせて俳諧を和歌や連歌と同等の文芸に位置づけたいとの意識を強く持った旅だったそうです。また、東北や北陸地方の人々や未知の俳人たちとの出会いも同じように大きな期待を寄せた旅でもあって、実際でも各地の人々と交流の中から数多くの名句が生まれてきたとのことです。ちなみに、奥の細道の旅程と各地で詠まれた俳句は、「日光路の句」「奥州路の句」「出羽路の句」「北陸路の句」でした。

松尾芭蕉

松尾芭蕉

松尾芭蕉は、「俳諧」を芸術として完成させた江戸時代前期の人物です。名前の「芭蕉」は、彼が1680年頃に名乗っていた俳句を作る人が名乗る「俳号」(俳句を作る人が名乗るペンネーム的なもの)であり、本名は松尾宗房でした。芭蕉は、伊賀国(現在の三重県)の農民として生まれて10代後半の頃より、当時有名だった俳の北村季吟の下で俳諧の勉強を始めまていました。その後は、江戸で武士や商人に俳句を教えながら自身も様々な作品を発表しています。その中でも「古池や蛙(かわず)飛びこむ水の音」という蛙の俳句は、芭蕉の俳句の中で最も有名な作品でもあります。

俳句の魅力

最上川

我々素人からみた俳句の魅力とは、短い十七語から生み出されるリズム感のよい短い文章の中から、いかに作った当人の心境より浮かびだされる景色を、読む人もその風景と心境を共有できるかというだと思います。そして、その想像力を膨らませ、きっと自分なりのドラマを作り出す楽しみに面白さがあるのでしょう。