1月14日は尖閣諸島開拓の日です
1895年の1月14日、日本政府が尖閣諸島を日本領に編入する閣議決定を行いました。別名は、「尖閣諸島の日」や「尖閣の日」とも呼ばれていますが、この日は沖縄県石垣市が2010年12月に制定しました。
尖閣諸島
尖閣諸島は、南西諸島西端に位置する「魚釣島」「北小島」「南小島」「久場島」「大正島」「沖ノ北岩」「沖ノ南岩」「飛瀬」などから成る島々のことをいいます。場所は、沖縄本島から最も大きな魚釣島まで410kmの距離に位置しています。また、昔は鰹節工場があり、日本人が住み着いていたこともあります。しかし現在では無人島であり、地図上では沖縄県石垣市の一部となっています。
尖閣諸島の歴史
1885年~1895年にかけ、日本政府は尖閣諸島の領有状況を調査し、隣国に位置する清国など、いずれの国にも属していないことを慎重に確認したうえで閣議決定して日本の領土に編入しています。その後、日本人が住み着きアホウドリの羽毛の採取や鰹節の製造などが行われていました。また、多いときには248人の日本人が暮らしていだそうです。さらに第二次世界大戦後は、サンフランシスコ平和条約に基づいて、米国の施政権下に置かれました。最終的には、1972年に我が国に返還されて現在に至るということです。
尖閣諸島問題
中国は、尖閣諸島周辺での石油埋蔵の可能性があるといわれると、1970年代以降から尖閣諸島は、古くから中国の領土であると主張を始めています。
尖閣を中国の領土と主張
その中国の主張はというと、中国の古文書や地図に尖閣諸島の記述から、島々を発見したのは歴史的にも中国が先であり、地理的にも中国に近いと主張しています。 しかし、実際のところ、中国が尖閣諸島を他国より先に発見したとの証拠はありませんでした。
国際法上でも明確な証拠は残していない
国際法では、領域権原を取得するために明確な領有の意思と継続的かつ平和的に領有主権を行使していることが必要とされています。 しかし今までに中国は、この尖閣諸島をそのように実効的に支配していた証拠を何ら示していないことも事実です。
領土問題は、尖閣諸島だけではない
領土問題といえば、ロシアとの北方領土や韓国との竹島の問題があります。いずれも様々な国の思惑があり、国際ルールを決めても未だ解決の糸口が掴めていないのが実際のところです。悩ましいのは、その事を強行に主張すれば最悪他国のように紛争になりかねないのが実情です。今後、この領土問題を外交で解決できた政治家こそが本物のトップであることは間違いないでしょう。