「ワレモコウ」

基本情報
- 科名:バラ科
- 属名:ワレモコウ属(Sanguisorba)
- 学名:Sanguisorba officinalis
- 原産地:ユーラシアの温帯から亜寒帯、北米大陸北西部~西部
- 分類:多年草
- 開花時期:7月〜10月頃
- 花色:暗紅色〜赤褐色
- 生育環境:日当たりのよい草地や山野
ワレモコウについて

特徴
- 花びらがないように見えるが、実際は萼(がく)が花のように色づいている。
- 細長い茎の先に、楕円形の小さな花が密集して咲く独特の姿。
- 落ち着いた色合いと風に揺れる繊細な姿が日本的な情緒を感じさせる。
- 生け花や茶花にもよく用いられ、秋の風情を象徴する植物の一つ。
- 根には薬効があり、止血や整腸に利用されてきた歴史を持つ。
花言葉:「あこがれ」

由来
- 細くまっすぐ伸びた茎の先で、小さな花穂をそっと揺らす姿が、**「遠くを見つめるよう」**に見えることから。
- 地味ながらも凛と立つその姿が、**「控えめな憧れ」「手の届かない存在を思う気持ち」**を連想させる。
- 秋風に揺れるたおやかな花姿が、どこか儚くも切ない憧憬の情を映しているとされる。
「風の向こうの君へ」

放課後の校庭には、夕方の風が吹き抜けていた。グラウンドの端に立つ花壇のそばで、結衣はしゃがみ込み、小さな赤褐色の花を見つめていた。
――ワレモコウ。
地味で、誰も気にも留めないような花。それでも、風に揺れる姿がどこか懐かしくて、結衣は毎日ここに足を運んでいた。
その花を最初に教えてくれたのは、三年の先輩だった。文化祭の準備で花壇の整備をしていたとき、彼がふと手を止めて言った。
「この花、知ってる? ワレモコウっていうんだ。名前、ちょっと変だろ」
彼は笑って、花穂の先をそっと指で弾いた。細い茎がしなやかに揺れ、暗紅色の粒が小さく震えた。
「派手さはないけど、なんかいいだろ。風にまかせて、でも折れない」

その言葉が、胸の奥にずっと残っていた。
彼は卒業して、もうこの学校にはいない。
けれど秋になると、決まって花壇の隅にこのワレモコウが咲く。まるで彼が残していった記憶のように。
風が吹くたびに、花が遠くを見つめるように揺れる。
――まるで、あの人を探しているみたい。
結衣は心の中でつぶやいた。
彼がいなくなってから、何度も忘れようとした。
けれど、どうしても消えなかった。地味で目立たないこの花が、彼そのもののように思えたからだ。
誰も気づかない場所で、静かに咲き続ける。
それでも、確かにそこにある。

放課後の風は少し冷たく、空は茜色から群青に変わりかけていた。
結衣は立ち上がり、花壇の前で小さく息を吐いた。
「先輩、私ね、まだここにいるよ」
言葉は風に溶け、どこまでも広がっていく。
その向こうに、いつか届くように。
ふと、ワレモコウがまた揺れた。
まるで「わかってる」とでも言うように。

遠くを見つめるようなその姿に、結衣は微笑んだ。
憧れという言葉は、いつも少し切ない。手の届かない場所にある光のようで、追いかけても触れられない。
けれど、それでもいいのだと思った。
憧れがあるからこそ、今日も自分は前を向けるのだから。
風が吹く。
茎がたおやかに揺れ、花穂が陽の名残を映す。
その姿はまるで、遠くを見つめる小さな祈りのようだった。
――憧れは、消えない。たとえもう届かなくても。
結衣はもう一度花を見つめてから、ゆっくりと歩き出した。
夕暮れの風の中、赤褐色の花は、静かに彼女の背中を見送っていた。