2月12日の誕生花「レンギョウ」

「レンギョウ」

基本情報

・和名:レンギョウ(連翹)
・学名:Forsythia
・科名:モクセイ科
・原産地:中国
・開花時期:3月~4月(早春)
・花色:鮮やかな黄色
・樹高:1~3mほどの落葉低木
・用途:庭木、公園樹、生け垣、切り花

レンギョウについて

特徴

・葉が出る前に、枝いっぱいに黄色い花を咲かせる
・細くしなやかな枝が弓なりに伸びる
・4枚の花弁を持つ小ぶりな花が枝に沿って多数咲く
・群植すると、春の景色を一面明るく染める存在感がある
・丈夫で育てやすく、日本各地で広く見られる
・桜よりやや早く咲き、春の訪れを告げる花木のひとつ


花言葉:「遠い記憶」

由来

・葉のない枝に突然あふれるように咲く姿が、忘れていた記憶がふとよみがえる様子に重ねられたため
・早春という、まだ肌寒い季節に咲くことから、過去の出来事を思い出させる郷愁と結びついたため
・毎年同じ時期に咲き、過ぎ去った春を思い出させる存在であることから
・鮮やかな黄色が、懐かしい情景や幼い頃の思い出を呼び起こす色として連想されたため
・枝いっぱいに広がる花の景色が、心の奥に眠る記憶を一斉に照らし出すように感じられたため


「枝いっぱいの光」

 三月の終わり、まだ風の底に冬が残っている午後だった。
 駅前の再開発はほとんど終わり、古い商店街の面影はもうない。けれど、角を曲がった先の小さな公園だけは、時間から取り残されたように静かだった。

 その奥に、一本のレンギョウが立っている。

 葉はまだ出ていない。細くしなる枝の一本一本に、あふれるような黄色が灯っている。空に向かって跳ね上がる枝先まで、余すところなく光が宿っているように見えた。

 ——こんなに、明るかっただろうか。

 私は思わず足を止めた。
 レンギョウを見るのは久しぶりだった。いや、毎年どこかで目にはしていたはずだ。ただ、立ち止まって見上げたことがなかっただけだ。

 葉のない枝に、突然あふれる花。
 その姿は、何の前触れもなく胸に込み上げる感情に似ている。忘れていたはずのことが、ある瞬間に、鮮やかに蘇る。

 黄色を見た瞬間、私は小学生のころの帰り道を思い出した。祖母の家の前にも、レンギョウが植えられていた。門柱の脇で、毎年同じように枝を広げ、春を知らせていた。

 祖母はよく言った。
 「この花はね、遠い記憶っていう花言葉を持っているんだよ」

 どうして、と尋ねると、祖母は少し考えてから笑った。
 「だってほら、急に咲くでしょう。気づいたら、そこに春があふれている。まるで、昔のことを急に思い出すみたいに」

 そのときは、よく分からなかった。ただ、祖母の声と、黄色い光のような花の景色だけが、ぼんやりと心に残っている。

 公園のベンチに腰を下ろすと、風が枝を揺らした。細い枝が触れ合い、かすかな音を立てる。まだ肌寒い空気の中で、その黄色だけが、ひと足先に季節を進めているようだった。

 早春の花は、どこか寂しい。
 桜のように人を集めるわけでもなく、祝祭の中心になるわけでもない。ただ、静かな空の下で、控えめに、それでも確かに咲いている。

 その姿が、郷愁と結びつくのは自然なことなのかもしれない。
 まだ寒さの残る季節は、過去の時間とよく似ている。すでに終わったはずなのに、どこかに温もりが残っている。

 私はポケットからスマートフォンを取り出し、祖母の古い写真を開いた。三年前に亡くなってから、春が来るたびに、私は少しだけ立ち止まるようになった。

 写真の中の祖母は、門の前で笑っている。背後には、やはりレンギョウが咲いている。枝いっぱいに広がる黄色が、画面の中でもまぶしい。

 毎年、同じ時期に咲く花。
 変わらないその姿が、過ぎ去った春を呼び戻す。あの頃の空気、声、匂いまでも。

 記憶は、普段は静かに沈んでいる。
 けれど、何かのきっかけで、一斉に照らし出されることがある。レンギョウの花は、その「きっかけ」なのだろう。

 枝いっぱいの黄色は、まるで心の奥に差し込む光だ。
 忘れていたと思っていた出来事が、急に色を取り戻す。

 私は目を閉じ、祖母の声を思い出そうとした。
 「遠い記憶っていうのはね、悲しいことばかりじゃないんだよ。遠いからこそ、やわらかくなるの」

 あのとき、どう返事をしたのかは覚えていない。けれど今、その言葉の意味が少し分かる気がする。

 記憶は、時間とともに角が取れる。
 苦しかったことも、悔しかったことも、遠くなるほど輪郭がやわらぎ、ただ「そこにあった」という事実だけが残る。

 レンギョウの黄色は、そんな記憶を優しく照らす色だ。
 幼い日の帰り道、祖母の台所の匂い、夕暮れのチャイム。どれも遠く、けれど確かに自分を形づくっている。

 風が少し強くなり、花弁がひとつ、足元に落ちた。
 私はそれを拾い上げる。小さな四枚の花弁。軽くて、頼りない。けれど、枝にあるときは、あれほど空を明るくしていた。

 遠い記憶も、きっと同じだ。
 一つひとつは小さくても、重なれば心の景色を変える。

 立ち上がると、公園の出口に向かって歩き出す。振り返ると、レンギョウは変わらず、枝いっぱいに光を灯していた。

 来年も、きっと同じように咲くだろう。
 私が覚えていようといまいと、季節は巡り、花は開く。

 だからこそ、その姿は愛おしい。
 毎年、変わらずにいてくれるものがあるから、私たちは過去を思い出し、今を確かめることができる。

 公園を出ると、街のざわめきが戻ってきた。
 けれど胸の奥には、まだ黄色い光が残っている。

 遠い記憶は、消えない。
 ただ静かに、季節の奥で眠っているだけだ。

 そして春になると、枝いっぱいの光となって、そっと私たちを照らすのだ。

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