「ネムノキ」

基本情報
- 学名:Albizia julibrissin
- 科名/属名:マメ科/ネムノキ属
- 原産地:日本(東北以南)、朝鮮半島、中国、台湾、ヒマラヤ、インド
- 開花時期:6月〜7月(初夏)
- 別名:ネム、ネムノキソウ、シルクツリー
ネムノキについて

特徴
- 花の特徴
細い糸状の花がふわふわと放射状に広がり、淡いピンク色の雲のような見た目が特徴的です。夜になるとふわっと閉じる姿が優雅で幻想的。 - 葉の特徴
昼間は開いていますが、夜になると葉が閉じる「就眠運動(しゅうみんうんどう)」をすることでも知られています。この性質から「眠る木=ネムノキ」という名がついたと言われています。 - 樹形
成木は枝を大きく横に広げ、傘のような形になります。公園や庭木としても人気があります。
花言葉:「胸のときめき」

ネムノキの花言葉の一つに「胸のときめき」があります。その由来には以下のような理由が考えられます。
◎ 花の姿が、やさしく触れるような甘やかさ
ネムノキの花は、糸のように細くて柔らかく、ふわりと空気をまとうように咲きます。遠くから見ると、まるで恋心がふんわりと花開いたような、繊細でやわらかな印象を与えます。
◎ 夜に眠る葉と、静かな情感
夕方になると葉が閉じて眠るようすは、誰かを想ってそっと胸を押さえるような、静かなときめきや感情の動きを連想させます。
◎ 見た人の心に残る、幻想的な美しさ
咲くのは夏の夕暮れ。淡紅色の花と涼しげな緑の葉が夕風に揺れるさまは、どこか儚く、見た人の胸に「なぜか心がざわめくような」気持ちを呼び起こします。
「夕暮れの合歓木(ねむのき)」

坂の途中、古い図書館の裏手に、大きなネムノキがある。誰が植えたのかは知らない。けれど、夏になると決まって淡いピンクの花を咲かせて、まるで空気に溶け込むように、ふわふわと枝を揺らす。
その木の下で、私はいつも彼を待っていた。
彼の名前は直(なお)。
大学のサークルで出会って、なぜか自然と話すようになって、でもいつの間にか、私の方ばかりが彼を目で追うようになった。講義のあとも、飲み会のあとも、二人でこの木の下を歩いた。恋人未満の曖昧な距離。でも、その時間が好きだった。

「この木、知ってる? ネムノキって言うんだよ」
ある日、直がそう言った。
「“合歓”って書くんだ。葉っぱが夜に眠るから、“眠る木”って意味らしい」
「眠る木……」
「なんか、優しいよな。疲れたとき、そっと目を閉じるみたいでさ」
そう言って、彼は葉の影を見上げた。夕方の光が彼の頬に当たって、細いまつげの影が頬に落ちていた。私はその横顔を、胸の奥がきゅっとなる思いで見ていた。
それが、私の「ときめき」の始まりだったのかもしれない。
季節が進んでも、私たちの距離は変わらなかった。近くて、遠い。心は触れそうなのに、指先はまだ届かない。

夏の終わり、私は勇気を出して聞いた。
「直、誰か好きな人、いるの?」
しばらく沈黙があって、彼は静かに笑った。
「いるよ。でもたぶん、気づいてもらえてない」
その言葉の意味が、自分を指しているのか、それとも違う誰かなのか、私は聞き返すことができなかった。
そして秋が来て、彼は海外の大学院に進むことになった。お別れはあっけなくて、私たちは最後も、ネムノキの下で会った。

「この木のこと、たぶんずっと忘れない」
そう言った彼の声が、ひどく遠くに感じた。
「……うん。わたしも」
と答えるのが精一杯だった。
その夜、ネムノキの葉は、いつもと同じように眠るように閉じていた。まるで私の胸の奥で、小さくたたまれる想いを真似るように。
それから数年が経ち、私はこの町に戻ってきた。図書館の裏手、ネムノキは変わらずそこに立っていた。枝は少しだけ大きくなっていて、花はやっぱりふわりとしたまま、夏の夕暮れに揺れていた。
そっと手を伸ばして、花に触れる。
やさしく、甘やかで、そして少しだけ切ない。
胸の奥に、あのときと同じ感情が浮かぶ。
――ときめき。
触れられそうで、触れられなかった想い。
「……久しぶり」
後ろから、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、直がいた。あの頃と変わらない笑顔で、私を見ていた。
「この木、まだ咲いてるんだな」
「うん。……あのときと同じ」
「いや、ちょっとだけ、違う」
そう言って、彼は私の隣に立った。
ネムノキの花が、私たちの頭上で揺れていた。
夕風が吹き、胸の奥で、小さなときめきが再び目を覚ます。
今度こそ――触れられるような気がした。