「サギソウ」

基本情報
- 学名:Habenaria radiata
- 科名:ラン科(Orchidaceae)
- 原産地:日本、朝鮮半島、中国の一部
- 分布:日本では本州・四国・九州に分布。湿地や草地に自生。
- 開花期:7月〜9月
- 草丈:20〜50cm前後
- 花色:純白
- 別名:白鷺草(しらさぎそう)
- 絶滅危惧種:環境省レッドリストにおいて「準絶滅危惧」に分類される地域が多い。
サギソウについて

特徴
- 花の形
- 花びらの形が、翼を広げて舞う白鷺(シラサギ)にそっくり。
- 純白の細かい切れ込みのある花弁が、羽根のように繊細。
- 生育環境
- 湿地や日当たりの良い湿原を好む。
- 栽培には水はけと保水性のバランスが必要で、環境変化に弱い。
- 香り
- 強い香りはなく、清楚な見た目を引き立てる無香性。
- 希少性
- 乱獲や開発、湿地の減少で野生株は減少しており、保護活動が行われている。
花言葉:「清純」

純白の色彩
- 花全体が真っ白で汚れのない姿は、「穢れのない心」を象徴するとされる。
優雅な舞い姿
- 白鷺が大空を舞うような花の形は、気品と清らかさを感じさせる。
湿原の宝石
- 汚れのない水辺で咲く姿は、環境の美しさとともに「清浄な世界」を連想させる。
静かな存在感
- 他の花に比べて派手さはないが、涼やかな雰囲気と凛とした姿が「純真さ」の象徴として捉えられた。
「湿原に舞う白」

八月の終わり、陽射しはまだ夏の名残を抱えながらも、湿原には早くも秋の匂いが漂っていた。
彩乃は膝まで届く草をかき分け、小さな木道を進む。足元には水面がきらきらと反射し、そこかしこにトンボが群れている。目的はただひとつ――今年も、あの花に会うためだった。
やがて、湿原の奥、風の通り道にそれは咲いていた。
白鷺草――純白の小さな花弁が、まるで翼を広げた鳥のように空へ向かって開いている。

純白の色彩。
花全体が真っ白で、ひとひらの染みすらない。彩乃は、そっと息をのむ。幼いころ祖母から「この花はね、穢れのない心の色なんだよ」と教わったことを思い出す。
優雅な舞い姿。
ひらひらと風に揺れるその形は、確かに大空を舞う白鷺の姿に似ている。湿原を渡る風が吹くたび、花は小さく震え、まるでどこか遠くへ飛び立とうとしているように見えた。

湿原の宝石。
この花が咲くのは、人の足があまり届かない、清らかな水辺ばかりだ。祖母はいつも「この花はね、きれいな場所にしか咲けないんだよ」と言っていた。環境が乱れれば、すぐに姿を消してしまう。だからこそ、ここに咲く一輪一輪が尊く思えた。
静かな存在感。
湿原にはほかにも黄色や紫の花が咲いているが、白鷺草は決して目立とうとしない。ただ、そこに在るだけで空気を澄ませるような、そんな凛とした佇まいを持っていた。

「……今年も会えたね」
彩乃はしゃがみ込み、そっと花に向かって微笑む。五年前、祖母の葬儀の前日にも、この湿原で白鷺草を見つけた。泣き腫らした目で見たあのときの花は、まるで「大丈夫」と語りかけるように揺れていた。
祖母は生前、いつもこう言っていた。
――人も花も、根がきれいでなきゃ、本当の意味で咲けないんだよ。
彩乃は小さく頷く。
真っ白な花は、今年も変わらずここに咲いている。その事実が、何よりも心を温めた。
木道を戻る途中、ふと振り返ると、湿原の奥で白鷺草が風に舞っていた。どこまでも清らかに、そして静かに。
彩乃は胸の奥に、その姿をそっとしまい込んだ。
きっとまた来年も、ここで会えると信じながら。