「フヨウ」

基本情報
- 科名・属名:アオイ科フヨウ属
- 学名:Hibiscus mutabilis
- 英名:Cotton rose / Confederate rose
- 原産地:中国中部
- 開花時期:8月〜10月
- 花色:白、淡紅、濃紅(時間とともに色が変化するものもある)
- 草丈:約1.5〜3m
- 別名:ハチス(蓮)に似ていることから「木芙蓉(もくふよう)」とも呼ばれる
フヨウについて

特徴
- 夏から秋にかけて咲く大輪の美しい花。1日花で、朝開いて夕方しぼむ。
- 花径は約10〜15cmと大きく、ハイビスカスに似た形をしている。
- 花は次々と咲くため、長期間にわたり楽しめる。
- 花色が朝は白、午後には淡紅、夕方には紅色へと変化する種類もあり、**「酔芙蓉(すいふよう)」**として知られる。
- 丈夫で育てやすく、庭木や生け垣としても人気。
- 葉は手のひら状で、柔らかな質感を持つ。
花言葉:「しとやかな恋人」

由来
- フヨウの花は大きく華やかでありながら、控えめで上品な印象を与える。
- 1日でしぼむ儚さが、奥ゆかしく静かな愛情を象徴している。
- 「しとやかな恋人」という花言葉は、
→ その優雅な姿と短い命の儚さが、
→ 一途で慎ましい愛を連想させることから生まれた。 - また、蓮(ハス)に似た清らかな美しさを持つことから、**「清楚な女性」や「品のある恋人」**の象徴とされた。
「夕暮れの芙蓉」

駅から家までの帰り道、川沿いに並ぶ芙蓉の花が夕陽に染まっていた。
朝は白く咲いていた花が、今は淡い紅に色を変えている。
沙織は立ち止まり、そっと一輪を見上げた。
――「しとやかな恋人」。
高校の頃、彼がそう教えてくれたのを思い出す。
夏の終わりのある日、二人でこの道を歩いた。
彼はカメラを首にかけて、夢中で花を撮っていた。
「芙蓉って、朝と夕方で色が変わるんだよ。まるで、人の気持ちみたいだろ」
そう言って笑う顔を、沙織は今でもはっきり覚えている。
その笑顔を見ながら、彼女は思った。
――この人の隣にいられる時間が、ずっと続けばいいのに。

だが季節は変わり、彼は遠くの街へ行った。
新しい仕事、新しい環境。
連絡はだんだん減っていき、最後に届いたメッセージは「元気でな」。
それ以来、彼からの言葉はなかった。
沙織はその花を見つめながら、かすかに微笑んだ。
あれから何度、夏を越えただろう。
仕事に追われ、街に飲み込まれ、それでも――この道だけは変わらなかった。
朝には白く、夕には紅く。
芙蓉は今日も、静かに咲いている。

風が吹く。
花びらがふわりと揺れ、ひとひらが沙織の手の甲に落ちた。
その感触は、まるで過去から届いた小さな挨拶のようだった。
「ねえ、覚えてる? あのときの花、まだ咲いてるよ」
心の中でそう呟く。もちろん、彼に届くわけではない。
けれど、その儚さこそが、彼女が愛した芙蓉のようだった。
花は1日でしぼむ。
けれど、翌朝にはまた新しい花が咲く。
それは終わりではなく、静かな循環。
別れの中にも、続いていくものがあるのだと、沙織はようやく気づいた。

陽が傾き、川面が金色に光る。
花は少しずつ赤を深め、夜の気配を受け入れるように閉じていく。
沙織はその姿に重ねた。
華やかでありながら、決して騒がず、そっと咲いて散っていく――。
まるで、あの人が残していった愛のかたちみたいだ。
帰り際、沙織は一輪の花に小さく頭を下げた。
ありがとう、と言葉にはしなかったが、風がそれを受け取った気がした。
家へ向かう足取りは、なぜか軽かった。
たとえもう会えなくても、あの日の想いは色を変えながら、今も胸の中に咲いている。
それは、誰にも見えない――しとやかな恋の花。