「イキシア」

基本情報
- 学名:Ixia(イキシア属)
- 和名:槍水仙(ヤリズイセン)
- 分布・原産地:南アフリカ・ケープ地方(フィンボス地帯)に40〜50種の野生種あり、現在は交配種が50種以上栽培されている
- 科名:アヤメ科(Iridaceae)
- 球根(実際はコルム):チョコキス型の小さな球根で、毎年分球し増える
イキシアについて

特徴
- 姿・草丈:針金のような細く強い茎に、20〜数十輪の星型花を密集して咲かせ、草丈は30〜60 cm程度。スリムかつ存在感抜群。
- 花色:赤・ピンク・黄色・オレンジ・白・青など多彩で、中央に濃い色の模様(ブロッチ)が入るものもあり。
- 開閉性:日中に花が大きく開き、夜間や雨天時には閉じる性質。
- 香り・誘客性:ほんのり香りがあり、ミツバチなどの虫が訪れることも多い。
- 育てやすさ:乾燥・寒さにやや弱いが、日当たりと水はけの良い場所なら初心者でも栽培可能。鉢植えや地植え、切り花にも最適。
花言葉:「君を離さない」

イキシアの花言葉には「団結」「誇り高い」「秘めた恋」などがありますが、「君を離さない(離さない)」という言葉は、
- 茎の先に一体となって密集咲きする姿が、離れない強い結びつきを象徴
- 花が開くときにしっかりと寄り添い、束になって咲く様子から
といった花姿の印象が由来と考えられます。
つまり、その可憐ながら芯のある佇まいが、相手を強く思い続ける感情と重なるからこそ、「君を離さない」という深い想いを伝える花言葉につながっているのです。
「束ねた想い」

春の風がそっと頬をなでる朝、優は駅前の花屋で足を止めた。
小さな鉢に植えられたイキシアが、凛と咲いている。細くしなやかな茎に、星のような花がいくつも寄り添っている。まるで、互いを離すまいと支え合っているかのようだった。
「この花、好きなんですか?」
不意に声がした。振り返ると、そこには明るいエプロン姿の店員が立っていた。年は自分と同じくらいか、少し下だろうか。茶色の髪をまとめたその人は、優しげな目でイキシアを見つめていた。
「……ええ、なんだか惹かれてしまって」
「イキシアって言うんです。花言葉、知ってますか?」
「いえ……綺麗だなって思っただけで」
「“君を離さない”って言うんですよ」
優の胸がわずかに震えた。

「そうなんですか……」
「茎の先で、みんな一緒に咲いてるでしょう? すごく細いのに倒れない。それって、強く結びついてるからだと思うんです」
彼女の言葉は、なぜか優の胸の奥にじんわりと染みた。
会社を辞めて、もう三ヶ月になる。
何をしたいのか、自分がどう生きたいのか、それすら分からなくなっていた。東京での生活に疲れ、実家に戻ったのは、逃げだったかもしれない。けれど、あの花屋の前を通るたびに、少しだけ足が止まるようになった。
やがて自然と、花屋に立ち寄ることが増えた。

名前は美咲(みさき)というらしい。いつも花に囲まれていて、話すと不思議と気持ちがやわらぐ。優は、徐々に彼女との時間が心の支えになっていることに気づいた。
ある日、美咲が言った。
「イキシア、今年はもうすぐ終わっちゃうんです」
「そうなんですか」
「でも来年も咲きますよ。ちゃんと手入れすれば、必ずまた……」
その言葉が、まるで約束のように聞こえた。
優はイキシアの鉢をひとつ買って帰った。ベランダに置き、朝と夕方に水をやるのが習慣になった。細い茎が倒れないように添え木をして、花たちが寄り添って咲く姿を何度も眺めた。
あるとき、美咲にぽつりと打ち明けた。

「東京で、何かを築きたかったんです。でも、全部うまくいかなくて……怖くなって、戻ってきました」
美咲は黙って頷いた。
「わたしも、何度も諦めかけました。でもね、イキシアって、風が吹いても倒れないんです。あんなに細いのに。束になって咲くから、支え合えるんですよ」
優の目に、熱いものがこみ上げた。
その春の終わり、優はもう一度挑戦する決意を固めた。
今度は、独りで無理に戦うのではなく、誰かと支え合いながら進もうと。あの花のように。
東京へ戻る前日、優は一通の手紙と、咲き終わったイキシアの球根を美咲に預けた。
《来年また、花が咲く頃、戻ってきます。君を離さない、その言葉の意味を、今度は伝えたいから。》
風に揺れる鉢の中、細い茎の記憶が、そっと息づいていた。