「ヤブラン」

基本情報
和名: ヤブラン(藪蘭)
学名: Liriope muscari(L.platyphylla)
科名: キジカクシ科(旧分類ではユリ科)ヤブラン属
原産地: 日本、中国、朝鮮半島など
開花期: 8月~10月
花色: 薄紫、淡紫、白など
草丈: 約20〜40cm
分類: 常緑多年草
ヤブランについて

特徴
- 林の下など日陰に強い植物
名前の「ヤブラン」は「藪(やぶ)」に生える「ラン(蘭)」のような草、という意味。
実際にはランの仲間ではなく、スズランやジャノヒゲに近い仲間です。 - 細長い葉と穂状の花
細く長い葉を株元から茂らせ、その間からすっと花茎を伸ばし、小さな花を穂のように連ねて咲かせます。
花は小さいながらも上品な紫色を帯び、控えめな美しさがあります。 - 地味ながら強健
日陰でもよく育ち、乾燥や踏みつけにも比較的強いため、庭の下草やグラウンドカバーとして人気があります。
冬も葉を落とさず、四季を通じて静かな存在感を放ちます。
花言葉:「隠された心」

由来
- 花が葉の陰に隠れて咲くことから
- ヤブランの花は、長く茂る葉の間に埋もれるように咲きます。
一見すると葉ばかりが目立ち、近づいてよく見ないと花に気づかないほど。
→ 「見えにくい場所で静かに咲く姿」=「心の奥に秘めた思い」を象徴。
これが「隠された心」という花言葉の直接的な由来です。
- ヤブランの花は、長く茂る葉の間に埋もれるように咲きます。
- 控えめな美しさ
- 派手さはなく、主役になることも少ない花。
しかし、近くで見ると繊細で上品な紫色をしており、知る人ぞ知る美しさを持っています。
→ 外には出さないが、確かに存在する「内なる美しさ」「秘めた想い」を表す花。
- 派手さはなく、主役になることも少ない花。
- 常緑であることの象徴性
- 四季を通じて葉を保ち、静かに生き続ける姿は、「決して消えない感情」「内に宿る思い」を連想させるとされます。
「葉陰に咲く」

放課後の校舎裏は、もうすぐ秋を迎える匂いがした。風に混じって土の香りが漂い、古びた花壇の隅でヤブランが小さな紫の花を揺らしている。
「こんなところに咲いてたんだ」
紗世はしゃがみ込み、葉の間に指を差し入れる。細い葉の奥で、見えにくい花がいくつも穂を連ねていた。教室の窓からは気づかなかった。日陰に隠れるように、それでも確かに咲いていた。
「……まるで私みたい」
思わず、つぶやきが漏れた。

美術部の紗世は、いつも静かだった。誰よりも早く教室に入り、誰よりも遅く帰る。目立つのが苦手で、絵を描くことだけが安心できる時間だった。けれど最近、彼――理科部の悠人がよく声をかけてくるようになった。
「また絵、描いてたんだね」
昼休み、彼がのぞき込んでくるたびに、胸がざわめく。見られたくないのに、見てほしい。そんな矛盾を抱えたまま、紗世は今日も校舎裏に隠れてスケッチブックを開いた。
ページの中央には、まだ描きかけのヤブラン。葉の濃い緑を塗り重ね、花の部分だけ薄く残している。
――本当の色は、もっと深い紫だ。
けれど、あの色を出す勇気が出ない。まるで、自分の心をそのまま見せるようで。

夕方、足音が近づいた。
「やっぱりここにいた」
悠人の声に、紗世は思わずスケッチブックを閉じた。
「ごめん、驚かせた?」
「ううん……」
彼の視線が花壇に向かう。
「これ、ヤブランだね。地味だけど、よく見るときれいだよな」
「……知ってるの?」
「理科室の先生が言ってた。葉っぱの陰で咲くから“隠れ上手”なんだって。なんか、頑張り屋みたいで好きなんだ」
その言葉が胸の奥に静かに落ちた。頑張り屋、という言葉。見えなくても咲き続ける花。――ああ、この人はちゃんと見ているんだ。誰も気づかないところで、小さな花が咲いていることを。

「ねえ」
気づけば、紗世はスケッチブックを開いていた。
「まだ途中だけど、見てみる?」
悠人が目を細めて絵を覗き込む。
「すごい……この色、ほんとにヤブランみたいだ」
「本当の紫は、まだ塗ってないの」
「じゃあ、完成したら見せて」
頬が熱くなる。夕日が二人の影を伸ばしていく。
その後、絵は完成した。
葉の奥に、静かに咲く花。
見えない場所でも、自分らしく息づくその姿に、紗世はようやく本当の紫を重ねることができた。
――隠していた心を、誰かが見つけてくれた。
それだけで、世界が少し明るく見えた。