「シャクナゲ」

基本情報
- ツツジ科ツツジ属の常緑低木
- 学名:Rhododendron subgenus Hymenanthes
- 原産地:ヨーロッパ、アジア、北アメリカ
- 開花時期:4月〜5月頃
- 花色:白、ピンク、赤、紫など
- 庭木・公園樹・山野の観賞用として親しまれる
シャクナゲについて

特徴
- 厚く光沢のある葉と、丸くまとまって咲く豪華な花房が特徴
- 一つひとつの花は大きく、遠くからでも目を引く存在感がある
- 高山や冷涼な環境でも育つ強さを持つ
- つぼみが固く閉じた状態から、一斉に開花する様子が印象的
- 気品と力強さを併せ持つ花姿とされる
花言葉:「大きな希望」

由来
- 大ぶりの花が集まって咲く姿が、未来に広がる希望の象徴と重ねられたため
- 厳しい山岳環境でも毎年力強く咲く性質が、困難を越える希望を連想させたため
- 固い殻のようなつぼみから、華やかな花が現れる様子が「希望の開花」を思わせたため
- 遠くからでも目に入る存在感が、人の心を前向きに照らす光のように感じられたため
- 長い時間をかけて育ち、成熟して咲く姿が「大きく育つ希望」と結びついたため
「山に灯る、大きな希望」

五月の初め、まだ朝の空気に冷たさが残るころ、私は久しぶりに故郷の山へ足を向けた。舗装された道は途中で途切れ、そこから先は、昔と変わらない細い山道になる。子どもの頃、祖父の背中を追いかけて何度も歩いた道だ。
仕事を辞めたばかりだった。明確な次の予定はなく、周囲には「少し休めばいい」と言われたけれど、休むという言葉が、私にはどこか宙に浮いたもののように感じられた。立ち止まることと、迷うことの区別がつかなくなっていたのだ。
山道を登るにつれ、風の音が変わっていく。街では聞こえなかった、木々が擦れ合う低い音。土と葉の匂い。呼吸が自然と深くなる。
そして、少し開けた斜面に出たとき、視界の先にそれはあった。
シャクナゲだった。
濃い緑の葉の上に、丸く集まって咲く大ぶりの花。白に近い淡い桃色が、朝の光を受けて柔らかく浮かび上がっている。一本だけではない。斜面に点々と、しかし確かな存在感をもって咲いていた。
——こんなに、大きかっただろうか。

思わず足を止める。花一輪一輪も十分に立派なのに、それが集まることで、まるで一つの塊のように見える。その姿は、静かでありながら、圧倒的だった。
祖父は、この山でシャクナゲを「希望の花」と呼んでいた。
「簡単な場所には咲かん。だから、ええんだ」
子どもの私は、その意味を深く考えたことはなかった。ただ、祖父がこの花を誇らしげに見上げる横顔を、ぼんやりと覚えている。
シャクナゲは、厳しい場所を選ぶ。風が強く、冬は雪に覆われる山の斜面。それでも毎年、同じ時期になると、変わらずにつぼみを膨らませる。固く閉じたその姿は、最初は花が咲くなど想像もできないほどだ。
けれど、ある日を境に、その殻は破られる。
一斉に、迷いなく。
その瞬間を、祖父は何度も見てきたのだろう。

私は近づき、花を見上げる。遠くからでも目に入った理由が、近くに来てはっきり分かった。派手というわけではない。けれど、視線を拒まない強さがある。そこに在ることを、隠そうとしない光だ。
——希望って、こういうものかもしれない。
胸の奥で、静かに言葉が形を持つ。
希望は、楽観ではない。すぐに手に入る答えでもない。
長い時間をかけて育ち、厳しさの中で試され、それでもなお咲こうとする意志のようなものだ。
私は、これまで何度も「まだ早い」「今は無理だ」と自分に言い聞かせてきた。挑戦する前に、諦める理由を集めるほうが、ずっと簡単だったからだ。
けれど、シャクナゲは違う。
この場所で育つことを、誰かに許可されたわけではない。ただ、ここで咲くと決めて、時間を重ねてきただけだ。
風が吹き、花房がわずかに揺れた。重なり合う花弁が、光を受けて影を作る。その影さえも、柔らかい。

一つひとつの花は、確かに小さな存在だ。けれど、集まることで、これほど大きな景色になる。希望も、きっと同じなのだろう。最初は取るに足らない思いでも、積み重なれば、人の心を照らす力になる。
私は深く息を吸い、吐いた。
胸の中に溜まっていた不安が、少しだけ形を失う。
未来は、まだ見えない。
それでも、見えないからこそ、希望は「大きく」なるのかもしれない。最初から全てが分かっているなら、願う必要はないのだから。
山を下る頃、振り返ると、シャクナゲは変わらずそこにあった。誇示するでもなく、静かに、しかし確かに咲いている。
私もまた、自分の場所で、時間をかけて咲けばいい。
すぐに答えが出なくてもいい。
固いつぼみのままの時間があっても、それは無駄ではない。
大きな希望は、急がない。
ただ、消えずに、育ち続ける。
そう教えられた気がして、私はもう一度、山道を踏みしめた。