「カリン」

基本情報
- 学名:Chaenomeles sinensis
- 科名:バラ科(Rosaceae)
- 属名:カリン属(Pseudocydonia)
- 原産地:中国
- 開花期:4月〜5月(春)
- 果実の成熟期:10月〜11月頃
- 別名:アンランジュ、モッカリン(木瓜梨)
カリンについて

特徴
- 樹木の特徴:落葉高木で、高さは約5〜10mに成長する。幹はねじれるように成長し、樹皮が美しい縞模様になる。
- 花:ピンクがかった淡紅色の五弁花を咲かせる。桜に似た可憐な姿。
- 香り:甘く上品な香りを放つ。
- 果実:硬く大きな黄色の実をつけ、芳香が強い。果実酒やのど飴の原料として利用される。
- 葉:卵形で光沢があり、秋には黄色く紅葉する。
- 用途:観賞用・薬用・加工食品用(カリン酒、カリンシロップなど)。
花言葉:「唯一の恋」

由来
- 由来①:春に咲く花の“ひたむきさ”
→ カリンは一年に一度、春の短い期間だけ花を咲かせる。その姿が「一途な想い」「たった一度の恋」を象徴するとされた。 - 由来②:実を一つずつ丁寧につける性質
→ カリンの実は数が少なく、枝先にぽつんと実る様子が「ただ一人を想う恋」にたとえられた。 - 由来③:香りの持続性
→ 花も実も強く芳香を放ち、長く香りが残ることから、「心に残る恋」「忘れられない人」を意味する花言葉が生まれた。
「唯一の恋」

春の風が、庭の花梨の枝を揺らした。
その花は、薄紅の花弁を少しだけ震わせ、陽に透けて柔らかな光をまとっている。
美穂は縁側に腰を下ろし、静かにその木を見つめていた。
毎年、この季節になると必ず咲く花。
そして、毎年この花を見るたびに、胸の奥が少しだけ痛くなる。
――初めてこの木を植えたのは、彼だった。
「春に一度しか咲かないけど、きれいなんだよ」
そう言って、小さな苗を抱えて笑っていた。
大学の庭で見つけた花を、彼は何かの約束のようにここへ持ってきた。

その年、花梨は小さな花をいくつかだけ咲かせた。
彼は毎朝水をやり、風よけの板を立て、まるで恋人のように世話をしていた。
「美穂も見て。ほら、この枝、ちゃんと芽吹いてる」
彼が嬉しそうに言うたび、美穂は胸が温かくなった。
けれど、次の春を迎える前に、彼は遠くの街へと行ってしまった。
「夢を追いに行く」と言って。
手を振る彼の姿を見送りながら、美穂は何も言えなかった。
止める言葉も、想いを告げる勇気も持てなかった。

――あれから十年。
庭の花梨は立派な木になり、毎年欠かさず花を咲かせた。
けれど、咲くのはいつも短い間だけ。
まるで春の一瞬を惜しむように、ひたむきに咲き、そして散っていく。
風が吹き抜け、ひとひらの花びらが膝の上に落ちる。
彼がいなくなっても、この花だけは変わらなかった。
それどころか、枝の先にはいつも、小さな黄色い実が一つ、ぽつりと残っていた。
まるで、誰かを想い続けているように。
その香りは、秋になっても庭に漂った。
雨の日も、寒い夜も、窓を開けるとふわりと甘い香りがする。
それは、美穂の胸の奥に残る“あの日の匂い”だった。

ある夕方、ポストに一通の手紙が届いた。
見覚えのある字。差出人の名に、美穂は息を呑んだ。
――「また春になったら、花梨を見に行ってもいい?」
短いその一文を何度も読み返すうちに、頬を涙が伝っていた。
美穂は窓の外を見つめる。
夕陽に照らされた花梨の木は、枝いっぱいに花を咲かせていた。
まるで今にも誰かを迎えるように。
十年前に止まった恋が、春風とともに再び動き出す。
花はただ一度の季節にしか咲かない。
けれど、その香りは、心の奥でずっと消えないまま残り続けるのだ。
――花梨の花言葉は、「唯一の恋」。
たった一度の恋が、時を越えて、今もここに息づいている。