「クロッカス」

基本情報
- アヤメ科・クロッカス属の球根植物
- 原産地:地中海沿岸〜小アジア、西アジア
- 学名:Crocus
- 開花期:2月~4月、秋咲き種は10月中旬~11月中旬
- 花色:紫、黄、白、青、複色など
- 庭植え・鉢植えのほか、芝生や花壇の縁取りにも用いられる
クロッカスについて

特徴
- 草丈が低く、地面から直接花が立ち上がるように咲く
- 雪解け直後にも花を咲かせるほど寒さに強い
- 朝に花を開き、夕方や曇天では閉じる性質をもつ
- 小さな花ながら、はっきりとした色彩で存在感がある
- 群生すると、春の訪れを告げるじゅうたんのような景観をつくる
花言葉:「青春の喜び」

由来
- 厳しい冬を越え、真っ先に地上へ顔を出す姿が、若さの勢いと重ねられた
- 太陽の光を受けて一斉に花開く様子が、胸が高鳴る瞬間の喜びを象徴した
- 花の寿命は短いが、その一瞬の輝きが青春のきらめきに似ていると考えられた
- ヨーロッパでは春の再生と希望を告げる花として、若い生命力の象徴とされてきた
「雪割りの光、胸に走る」

その年の冬は、例年よりも長く、厳しかった。校舎の裏手に広がる小さな庭は、何度も雪に覆われ、土の色を見ることすらできなかった。理人は毎朝、その庭を横目に登校した。何かが始まる気配など、どこにもないように思えたからだ。
高校二年の終わり。進路も、夢も、まだ輪郭を持たないまま、時間だけが過ぎていく。周囲の友人たちは口々に将来を語り始めていたが、理人の胸は妙に静かだった。焦りはある。それでも、踏み出す理由が見つからない。

ある朝、雪解けの水がきらきらと光る庭に、わずかな色を見つけた。紫だった。地面すれすれの場所から、小さな花が顔を出している。クロッカスだ、と理人は思い出した。中学の理科の資料集で見た花。春を告げる花。
信じられず、近づいてみる。まだ冷たい空気の中で、花は確かにそこに在った。厳しい冬を越え、誰に褒められるでもなく、ただ自分の時を知っていたかのように。
昼休み、太陽が雲間から顔を出すと、庭のクロッカスは一斉に花弁を開いた。光を受け止めるように、迷いなく。理人は、その瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。理由のわからない高鳴り。けれど、それは確かに「喜び」だった。

放課後、同じ庭に立っていたのは、美咲だった。クラスでよく笑う彼女も、花を見つめていた。「きれいだね。こんなに早く咲くんだ」。理人はうなずきながら、言葉を探した。「……なんか、急いでるみたいだ」。美咲は首をかしげ、すぐに微笑んだ。「でも、それがいいんじゃない?」
数日後、クロッカスは少しずつ元気を失い始めた。花の盛りは短い。それでも、理人の目には、決して儚いだけの存在には映らなかった。短いからこそ、全力で光を受け取る。その姿は、まるで青春そのものだった。

理人は気づいた。永遠に続く確信などなくてもいい。長く準備しなくてもいい。心が動いた瞬間に、踏み出していいのだと。冬を越えた花がそうしているように。
春休みのはじめ、理人は進路希望調査の紙に、初めて具体的な言葉を書いた。正解かどうかはわからない。それでも、胸は不思議と軽かった。
庭のクロッカスは、やがて役目を終え、姿を消した。しかし、あの光を受けた瞬間の輝きは、理人の中に残ったままだ。青春の喜びとは、きっとそういうものなのだろう。短くても、確かに生きていると感じられる一瞬。
校門を出ると、風が少しだけあたたかかった。理人は空を見上げ、静かに歩き出した。春はもう、始まっている。