「タイム」

基本情報
- 学名:Thymus
- 和名:タチジャコウソウ(立麝香草)
- 科名/属名:シソ科/イブキジャコウソウ属(タイム属)
- 原産地:地中海沿岸
- 開花時期:4月~6月(初夏)
- 草丈:10~30cm(品種により異なる)
タイムについて

特徴
- 花の色:淡い紫、ピンク、白など。
- 花の形:小さな唇形花(しんけいか)で、房状に咲く。
- 香り:爽やかでスパイシーな芳香。葉や茎にも香りがあり、ハーブとして重宝。
- 生育環境:日当たりと水はけの良い場所を好み、乾燥に強い。
- 用途:
- 料理:肉料理やスープの香りづけに。
- 薬用:抗菌作用、消化促進、咳止めなど。
- 観賞用:グランドカバーやロックガーデンにも適している。
花言葉:「勇気」

花言葉「勇気」は、タイムの歴史的・象徴的な背景に由来しています。
古代ギリシャ・ローマでの意味
- タイムは戦士の象徴でした。兵士たちは戦の前にタイムの香りを嗅いで勇気を奮い立たせたり、タイムを身に着けて戦場に赴いたとされています。
- 「タイムの香りは勇者の香り」とも言われたほどで、勇気・強さ・行動力の象徴とされました。
中世ヨーロッパでは
- 女性が戦地に赴く騎士にタイムの花を刺繍したスカーフを贈ることで、「無事に帰ってきて」という願いとともに勇気を讃える意味を込めたと伝えられています。
「スカーフに編まれた願い」

その小さな村は、山と海に囲まれ、風の通り道にひっそりと佇んでいた。季節は晩春、丘の斜面には紫のタイムが可憐な花を咲かせ、空気はほんのりと甘く、どこかスパイシーな香りを漂わせていた。
エリアナは朝早く起きると、村の外れの丘へ向かった。籠を腕にかけ、紫の絨毯のように広がるタイムの花を丁寧に摘んでいく。その手つきには祈りのような静けさがあった。タイムの花はただの薬草ではない。この花は、彼女にとって“希望”のしるしだった。

彼女の恋人である騎士リオネルは、王国の南端で続く戦へと向かったばかりだった。別れの日、彼はただ「戻ってくる」と言い、彼女の頬に触れて旅立っていった。その背中が見えなくなっても、エリアナは立ち尽くしていた。
夜な夜な彼女は、蝋燭の灯りのもとでスカーフを編み続けた。細かなタイムの模様を刺繍しながら、彼の無事と、戦場で必要な“勇気”を祈るように一針一針を重ねた。スカーフに縫い込まれたのは、ただの装飾ではない。古くから伝わる伝承――タイムは戦士の魂に勇気を与えるという言い伝えだった。

「タイムの香りは勇者の香り」。そう教えてくれたのは、彼女の祖母だった。祖母の時代にも、戦はあり、別れはあった。そして、祈りを込めた刺繍が、何人もの騎士の心を支えたという。エリアナは祖母の遺した刺繍帳を開き、同じ模様を繰り返した。
戦から数ヶ月が経ち、村には次第に報せが届き始めた。帰還の知らせ、そして――帰らぬ人の名。
エリアナは毎朝、タイムの花を摘む習慣を続けた。変わらぬ香りに、彼の面影を感じながら。それは、彼女の中で“待つ”ことから“信じる”ことへの移ろいだった。

ある夕暮れ、村の門を越えて一人の男が歩いてきた。鎧の表面には傷があり、歩みは重かったが、まっすぐに村を目指していた。その手には、薄紫色のスカーフが巻かれていた。
「エリアナ……戻ったよ」
彼女は何も言わず、ただ彼に駆け寄り、そっとスカーフに手を添えた。そこには、彼女の針が紡いだタイムの花が、今も鮮やかに息づいていた。
そして、タイムの香りはふたたび二人を包み込んだ。
それは“勇気”が咲かせた、再会の花だった。