「ナツツバキ」

基本情報
- 和名:ナツツバキ(夏椿)
- 学名:Stewartia pseudocamellia
- 科名:ツバキ科
- 属名:ナツツバキ属
- 原産地:本州、四国、九州、沖縄
- 開花期:6月〜7月(初夏)
- 樹高:10~12m
- 別名:シャラノキ(沙羅の木)
ナツツバキについて

特徴
- 花:
白くて5弁の花を咲かせ、黄色の雄しべが中央に目立ちます。ツバキに似た花ですが、1日で散る「一日花」で、清涼感のあるたたずまいが魅力です。 - 葉:
卵形で光沢のある葉。秋には黄〜赤に紅葉します。 - 樹皮:
滑らかで斑模様があり、美しい灰褐色~赤褐色のまだら模様になります。 - 耐寒性・耐陰性:
比較的寒さに強く、半日陰にも耐えるため、庭木や公園木として広く利用されます。
花言葉:「愛らしさ」

ナツツバキの花言葉「愛らしさ」は、以下のような特徴に由来しています:
- 清楚な美しさ:
純白の花びらに、黄金色の雄しべが映える清楚な姿は、控えめながら人の心を惹きつける可憐さを感じさせます。 - 一日花の儚さ:
朝に咲き、夕方には散ってしまう一日花であることが、「儚くも美しい」「可憐な存在」というイメージを生み、愛らしさにつながっています。 - 落ち方の上品さ:
散るときは花びらがバラバラではなく、花全体がポトリと落ちるため、静かで上品な印象があり、楚々とした愛らしさを感じさせます。
「ポトリと、夏椿」

六月の終わり、梅雨の合間の陽が差し込む朝だった。
祖母の家の庭先に、白くやわらかな花がひとつ、ふわりと咲いていた。ナツツバキ——祖母はそれを「シャラ」と呼んでいた。
「朝に咲いて、夕方にはもう落ちちゃうのよ」
そう言いながら、祖母はその花に手を合わせるようにそっと視線を向ける。
私は小学五年生の夏休みを、祖母の家で過ごしていた。両親の共働きで一人になる私を、毎年、優しく受け入れてくれる場所だった。
祖母の家の庭には、決まってその時期になると白い花が咲いた。その花が咲くと、「またこの夏が来たんだ」と思うのが、子どもの私なりの風物詩だった。

「シャラって、どうしてそんなにすぐに散るの?」
祖母に尋ねると、少し考えてから、柔らかい声で答えてくれた。
「それが、この花の生き方なのよ。咲くのは一日だけ。でも、誰よりもきれいに咲くの。だから、愛らしいのよね」
その言葉が不思議に胸に残っていた。
咲いて、散る。ただそれだけなのに、「誰よりもきれい」と言えるのはなぜだろう。子どもながらに、私はその意味を知りたくなった。
ある日、私は庭に座り込んで、ナツツバキの木をじっと見ていた。
陽の光を浴びて、白い花がひとつ、ふたつと咲いていた。朝露を受けて、ひんやりとした空気の中に、静かにたたずんでいた。

その日の午後、風が少しだけ吹いた。
その風に乗って、一輪の花がポトリと音もなく落ちた。
花びらがバラバラになることはなく、まるで手のひらをそっと閉じたような形のまま、静かに地面に横たわった。
私は思わず近寄って、その落ちた花を手に取った。
しっとりとした白い花びらはまだ香っていた。
「こんなにきれいなのに、もう終わりなんだ」
私はそう呟いて、少しだけ涙が出そうになった。
祖母がそっと肩に手を置いた。
「きれいに散るっていうのも、生き方なのよ」
「でも、もったいないよ。もっと咲いていてもいいのに」
「咲く時間が短いからこそ、私たちはその一瞬を愛おしく思えるのよ」

それからというもの、私は毎朝、ナツツバキを見上げるようになった。
その清楚な白さが、空の青と重なり、ただそこにあるだけで心を穏やかにした。
夏休みが終わる頃、ナツツバキの花もほとんど散っていた。
だけど、私はもうその姿を悲しいとは思わなかった。
咲くこと、散ること、それぞれに意味がある。
そしてそのどちらも、「愛らしさ」という言葉に包まれているのだと、幼いながらに思った。
秋に向かって葉を色づかせるナツツバキの木を見上げながら、私はふと、来年もまたこの場所で会えるだろうか、と願った。
そして、そのときはもっとこの花のように——
誰かの心に、そっと残るような「一日」を過ごせたらいい、と思った。
ポトリと落ちる白い花は、静かに私の胸の中で、生きていた。