「バイカウツギ」

基本情報
- 学名:Philadelphus satsumi または Philadelphus coronarius(種による)
- 科名:アジサイ科(旧分類ではユキノシタ科)
- 属名:バイカウツギ属 (Philadelphus)
- 原産地:日本(本州、四国、九州)
- 開花時期:6月~7月
- 花色:白
- 樹高:2m
- 特徴:
- 初夏に、白くて梅に似た形の花を咲かせます。
- 花には強い甘い香りがあり、庭木や生け垣に人気です。
- 「空木(ウツギ)」という名前は、茎の中が空洞になっていることに由来します。
- 日当たりと風通しのよい場所を好み、丈夫で育てやすい植物です。
バイカウツギについて

特徴
- 花の形:一重咲きから八重咲きまであり、基本的には梅に似た清楚な花姿。
- 香り:非常に強く甘い芳香を放つ。特に夕方以降に香りが際立つことが多いです。
- 用途:庭園樹、鉢植え、切り花、生垣。
- その他:
- 花期が短いため、見頃を逃さないよう注意が必要です。
- 剪定(せんてい)は、花が終わった直後に行うとよいです(夏以降の剪定は翌年の花芽を切るおそれがあります)。
花言葉:「香気」

花言葉:
- 「気品」
- 「思い出」
- 「気高い人」
- 「香気」
「香気」の由来: バイカウツギの花は非常に強く甘い香りを放つため、「香り高い花」という印象が古くから人々に親しまれてきました。そのため、花言葉に「香気」が与えられています。この香りの良さは、夜間に特に強く感じられることが多く、古くは詩歌や文学にもその芳香がたびたび取り上げられています。
「香気に満ちる庭で」

初夏の夜、祖母の家の庭には、甘く、どこか懐かしい香りが満ちていた。
昼間は見落としそうなほど素朴な白い花が、夜になると、まるで目を覚ましたかのようにその存在を主張する。祖母はそれを「バイカウツギ」と呼んでいた。幼いころ、私はその花を「夜の花」と勝手に名付け、眠れない夜に何度も縁側から眺めた。
「この香りを嗅ぐとね、昔のことを思い出すんだよ」
祖母はそう言いながら、ゆっくりと花に顔を寄せた。

それは、祖母の若かりしころの話だった。戦後間もない時代、食べるものにも困る毎日。そんな中でも、家の裏手にひっそりと咲くバイカウツギの香りだけは、どこか現実とは違う、別世界へと誘うようだったらしい。
「暗くてもね、香りだけははっきりわかるの。だから、目を閉じても歩けたのよ」
祖母は笑った。
私が大学進学を機に遠く離れた街へ出たのは、あの庭のバイカウツギが満開を迎えていたころだった。
「いつでも帰っておいで。香りで道案内してあげるから」
送り出すとき、祖母はそう言った。
季節が巡り、私は忙しさにかまけて、なかなか帰省できずにいた。電話越しに聞こえる祖母の声は、次第に小さく、かすれていった。

ある日、ふいに届いた知らせ。祖母が眠るように亡くなったという。
急いで帰郷した日の夜、私は一人で祖母の庭に立った。夜風に乗って、あの懐かしい香りが漂ってきた。どこかで確かに、バイカウツギが咲いていた。月明かりにぼんやりと浮かび上がる白い花たち。その香りに包まれながら、私は声にならない涙を流した。
「おかえり」
ふと、耳元でささやくような声がした気がした。
振り返っても、誰もいない。ただ、バイカウツギの香りが、まるで私を包み込むように広がっていた。

祖母の言葉を思い出す。「香りで道案内してあげるから」と。
そうだ、ここが私の帰る場所だ。たとえ祖母がいなくても、この香りがある限り、私は何度でもここへ戻ってこられる。
そっと花に触れる。やわらかく、少しひんやりとした感触。目を閉じれば、幼い日の記憶、祖母の笑顔、夜風の音——すべてがよみがえってくる。
香りは記憶の鍵だ。
そして今、私はその鍵を握りしめて、祖母とまた会った気がしていた。
夜空を見上げると、満天の星が光っていた。
どこまでも続くこの香気の庭で、私はゆっくりと深呼吸した。
「ただいま」
誰にともなく、私はそうつぶやいた。