「ボダイジュ」

基本情報
- 学名:Tilia miqueliana(日本のボダイジュ)
ヨーロッパでは Tilia europaea など、いくつか近縁種が「菩提樹」と呼ばれます。 - 科名:アオイ科(旧シナノキ科)
- 原産地:東アジア(日本・中国)やヨーロッパの一部
- 分類:落葉広葉樹
- 樹高:10〜20mほどに成長
- 開花期:6〜7月ごろ
- 花の色:淡黄色
日本で「菩提樹」と呼ばれるのは主にシナノキの仲間で、仏教でお釈迦さまが悟りを開いたとされるインドの「インドボダイジュ(インド原産のクワ科・ピッパル樹=Ficus religiosa)」とは植物学的には別物です。
ボダイジュについて

特徴
- ハート形の葉
先が尖ったハート形の葉を持ち、夏には木陰を作ります。見た目がやわらかく優しい印象です。 - 甘い香りの花
初夏に咲く淡黄色の小花は、ミツバチを引き寄せるほど強い芳香があります。ヨーロッパでは「リンデンフラワー」と呼ばれ、ハーブティーとしても用いられます。 - 寺院に多く植栽
仏教と縁が深く、日本でもお寺の境内に植えられることが多い木です。
花言葉:「夫婦愛」

ボダイジュの花言葉はいくつかありますが、特に有名なのが 「夫婦愛」 です。
その背景には以下のような理由があります。
- 二枚の苞葉(翼のような葉)の姿
花序の付け根には、細長い苞葉(翼状の葉)がついており、まるで花と葉が寄り添うように見えます。この「寄り添う姿」が、仲睦まじい夫婦の象徴とされました。 - ヨーロッパ神話との結びつき
ギリシャ神話では、神々に尽くした老夫婦「バウキスとピレモン」が死後、ボダイジュと樫の木に姿を変えて寄り添い続けた、という伝説があります。ここから「夫婦愛」「永遠の愛情」という象徴性が強まりました。 - 寺院や祈りの木としての役割
日本では寺院に植えられ、夫婦や家族の安寧を祈る対象ともなったため、家庭的・愛情的な意味が加わりました。
「寄り添う木の下で」

夏の午後、寺の境内を吹き抜ける風は、甘やかな香りを運んできた。見上げると、大きなボダイジュの枝に、淡い黄色の花が静かに揺れている。葉は心臓の形をしていて、その先が尖っている。まるで互いに寄り添うように、花の付け根から細長い苞葉が翼のように伸びていた。

「夫婦愛、っていう花言葉があるんだよ」
そう教えてくれたのは、妻の志穂だった。結婚して三十年、互いに若さは失われ、髪には白いものが混じった。それでも彼女の声は昔と変わらず柔らかく、僕の心を包んでくれる。
僕たちは、この寺にたびたび足を運んだ。若い頃は子供を授かれるように、次第に家族が無事に過ごせるように、そして今は老後を穏やかに歩めるように――祈りの形は変わりながらも、ボダイジュの下で願うことは常に「二人で生きること」だった。

志穂は本を開き、ギリシャ神話の一節を読み上げた。
――神々に仕えた老夫婦、バウキスとピレモンは、最期を迎えるとき、互いを一人にしたくないと願った。すると神々は、その思いを叶え、二人をボダイジュと樫の木に変えた。二つの幹は寄り添うように立ち、枝を交わらせて永遠に一緒に揺れている。
「素敵だね」
志穂が目を細めて言う。僕は彼女の横顔を見て、心の奥で静かに頷いた。もし自分たちにも終わりが訪れるとき、二本の木のように寄り添ったまま眠れたら――それ以上の幸福はないだろう。
風が強まり、ボダイジュの葉がざわめいた。まるで僕たちの思いに応えるかのように、木全体が大きく揺れた。

「夫婦愛って、ただ仲良くすることじゃないんだと思う」
志穂がぽつりとつぶやく。
「どんな嵐の中でも、一緒に立っていられること。それが本当の意味じゃないかな」
その言葉は、ボダイジュの幹を通して胸の奥まで響いてきた。長い時間を共に歩んだ今だからこそわかる、重くも温かな真実だった。
僕は志穂の手を取り、木の根元に腰を下ろした。落ちてきた苞葉を拾い上げ、そっと彼女の掌に重ねる。二枚の葉は重なり合い、ひとつの形を作った。
やがて鐘の音が境内に響き、夕暮れが迫る。
ボダイジュの下、僕らはただ寄り添って座り続けた。
きっと未来も、この木のように。