「ムギワラギク」

基本情報
- 和名:ムギワラギク(麦藁菊)
- 別名:ヘリクリサム、スターチス・エバーラスティング
- 学名:Xerochrysum bracteatum
- 科名:キク科
- 原産地:オーストラリア
- 開花時期:5月〜9月
- 花色:白、黄、ピンク、赤、オレンジ、紫など
- 用途:花壇、切り花、ドライフラワー
ムギワラギクについて

特徴
- 花びらに見える部分は**苞(ほう)**で、紙のように硬く乾いた質感をもつ
- 水分が抜けても形や色がほとんど変わらない
- 枯れても美しさを保つため、ドライフラワーに非常に向いている
- 夏の強い日差しや乾燥にも強く、丈夫に育つ
- 光を受けると、花がきらりと輝くように見える
- 触れるとカサカサと音がする独特の存在感
花言葉:「永遠の思い出」

花言葉「永遠の思い出」の由来
- 枯れても色褪せず、形を保ち続ける姿が「消えない記憶」を連想させたため
- 時間が経っても変わらない美しさが、心に残り続ける思い出と重ねられた
- ドライフラワーとして長く飾れる性質が、過去を大切に抱き続ける感情を象徴した
- 生花の時も、枯れた後も印象が変わらない点が「永続性」を感じさせた
- 思い出が風化せず、静かに心の中で生き続ける様子と結びついた
「色あせない午後」

引き出しの奥に、小さな箱がある。
白い紙で丁寧に包まれたその中身を、私はもう何年も開いていなかった。
引っ越しの準備をしていた、ある午後のことだ。
段ボールに本や衣類を詰め終え、最後に残ったその引き出しを前にして、私はようやく手を止めた。理由はない。ただ、今なら開いてもいい気がした。
包みを解くと、そこにはムギワラギクが一輪、横たわっていた。
花びらは相変わらず硬く、紙のように乾いている。
赤みがかった橙色は、驚くほど変わっていなかった。
触れると、かすかな音を立てる。生きていた頃の柔らかさはないのに、形も色も、記憶の中とほとんど同じだった。
——まだ、ここにいる。
そんな言葉が、自然と胸に浮かぶ。
この花をもらったのは、大学を卒業する春だった。
ゼミの帰り、河川敷を歩きながら、彼は何気ない調子で差し出した。

「枯れない花なんだってさ」
それだけ言って、照れたように視線を逸らした横顔を、私は今でもはっきり覚えている。
特別な約束も、派手な言葉もなかった。ただ、同じ時間を過ごし、同じ景色を見ていただけの関係だった。
それでも、確かに、あの時間は私の中に残っている。
彼とは、卒業後ほどなくして別れた。
遠距離になり、仕事に追われ、連絡は少しずつ減っていった。理由を探せばいくらでも見つかる。でも、決定的な何かがあったわけではない。終わりはいつも、静かにやってくる。
それ以来、私はこの花を箱にしまったままにしていた。
忘れたかったわけではない。
ただ、向き合う余裕がなかっただけだ。
ムギワラギクは、枯れても色褪せない。
形を保ったまま、時間の流れから取り残されたように存在し続ける。
思い出も、きっと同じだ。
消えたように見えても、なくなったわけではない。
忙しさや新しい出来事の下で、静かに眠っているだけなのだ。
私は花をそっと掌に乗せた。
生花だった頃の香りは、もうない。それでも、不思議と、あの春の風の匂いが蘇る。川のきらめき、夕方の空の色、笑いながら歩いた帰り道。

時間が経っても変わらない美しさ。
それは、過去を美化することではない。
良いことも、未熟だったことも、そのままの形で残っているということだ。
ドライフラワーとして飾られるこの花は、過去を閉じ込めるためのものではないのだろう。
むしろ、抱き続けるためのものなのだ。
忘れなくていい。
なかったことにしなくていい。
生花のときも、枯れたあとも、印象が変わらない。
それは、時間が思い出を壊さないことを、静かに教えてくれている。
窓の外では、夕暮れが街を包み始めていた。
オレンジ色の光が、ムギワラギクの縁をかすかに照らす。その瞬間、花はほんの少し、昔よりも柔らかく見えた。
永遠とは、終わらないことではないのかもしれない。
形を変えても、心の中で生き続けること。
必要なときに、そっと思い出せること。

私は花を、新しい箱に移した。
今度は、引き出しの奥ではなく、棚の上に置くことにした。
特別に語る必要はない。
誰かに見せる必要もない。
ただ、そこに在ること。
それだけで、十分なのだと、今は思える。
ムギワラギクは、今日も変わらない姿でそこにある。
枯れても、色褪せず、形を保ったまま。
——永遠の思い出とは、
過去に縛られることではなく、
過去を静かに抱いて、今を歩くことなのだ。
私は部屋の明かりを点け、段ボールのふたを閉じた。
新しい場所へ向かう準備は、もうすぐ整う。
それでも、あの春は消えない。
消えないからこそ、前に進める。
色あせない一輪の花が、そう教えてくれていた。