2月1日の誕生花「サクラソウ」

「サクラソウ」

基本情報

  • 和名:サクラソウ(桜草)
  • 学名:Primula sieboldii
  • 科名/属名:サクラソウ科/サクラソウ属
  • 原産地:シベリア東部~中国東北部、朝鮮半島、日本列島
  • 開花時期:4月〜5月(春)
  • 草丈:15〜30cmほど
  • 分類:多年草
  • 生育環境:湿り気のある草地、川辺、半日陰を好む
  • 日本では古くから親しまれ、江戸時代には園芸品種も多く作られた

サクラソウについて

特徴

  • 桜に似た可憐な花姿から名付けられた
  • 花色は淡いピンク、白、紫などやさしい色合いが多い
  • 細い茎の先に、数輪の花をまとめて咲かせる
  • 派手さはないが、楚々とした上品な美しさを持つ
  • 春の野にひっそりと咲き、近づいて初めて気づかれることも多い
  • 人の手が入りすぎない自然の中で、本来の美しさを発揮する花


花言葉:「あこがれ」

由来

  • 遠くから見ると可憐に咲いているのに、近づくと控えめで壊れそうな印象を与える姿から
  • 春の訪れを告げる花として、待ち望む季節への想いと重ねられたため
  • 群生して咲く様子が、手の届かない理想や憧れの存在を思わせたことから
  • 主張しすぎない美しさが、「近づきたいけれど触れすぎてはいけない存在」を連想させた
  • ひそやかに咲きながら、人の心を静かに引き寄せる性質が「あこがれ」という感情と結びついた


「触れずに仰ぐ花」

 川沿いの遊歩道を歩くと、春の湿った土の匂いが靴底にまとわりつく。その先、少し低くなった草地に、淡い色の集まりが見えた。サクラソウだった。

 遠くから見ると、それは小さな春の雲のようだった。風に揺れながら、やわらかな輪郭だけをこちらに差し出している。足を止めたのは、意識的というより、身体が自然に引き寄せられた結果だった。

 近づくと、思った以上に花は控えめだった。細い茎、薄い花弁。今にも壊れてしまいそうで、思わず息を潜める。さっきまで感じていた華やかさは、距離が縮まった途端、静かな緊張に変わった。

 ——触れてはいけない。

 そんな感覚が、胸の奥に浮かぶ。

 真琴は、しばらくその場に立ち尽くした。大学に入ってから、何かに心を強く引かれること自体が久しぶりだった。講義、課題、アルバイト。日々は忙しく、満ちているようで、どこか平坦だった。

 春は、待ち望んでいたはずの季節だ。寒さが緩み、世界が少しだけ優しくなる。けれど実際に春の只中に立つと、心は追いつかないまま、取り残されたような気分になる。

 サクラソウは群生していた。一輪一輪は小さく、主張もしない。それでも、集まることで確かな存在感を放っている。手を伸ばせば届く距離にあるのに、なぜか遠い。理想や憧れは、いつもそうだった。

 真琴には、昔から憧れている人がいる。高校時代の美術教師だった。絵の技術以上に、静かな佇まいが印象的な人だった。決して多くを語らず、必要以上に前に出ない。それでも、教室の空気は、その人がいるだけで落ち着いた。

 近づきたいと思ったことは何度もある。話しかけたい、知りたい、触れたい。しかし同時に、踏み込みすぎてはいけないという感覚も、確かにあった。憧れは、距離があるからこそ、保たれる。

 サクラソウを見下ろしながら、真琴はその感情を思い出していた。

 花は、こちらを見返さない。ただ、ひそやかに咲いている。主張しすぎない美しさ。それなのに、目を離せない。不思議な引力があった。

 春の風が吹き、花が一斉に揺れた。その瞬間、群生はまるで一つの呼吸をしているように見えた。誰かに見られるためでも、褒められるためでもなく、ただそこに在ることを選んでいるようだった。

 あこがれとは、きっと、そういう感情なのだろう。

 手に入れたいわけではない。変えたいわけでもない。ただ、その存在を仰ぎ見て、自分の中に灯りをもらう。近づきすぎず、離れすぎず、その距離を保つこと自体が、誠実さなのかもしれない。

 真琴は、スマートフォンを取り出し、写真を撮るのをやめた。記録するよりも、この感覚をそのまま胸に残したかった。

 しばらくして、ゆっくりとその場を離れる。振り返ると、サクラソウは変わらず、そこに咲いていた。見送るでもなく、引き止めるでもなく。

 それでいい、と真琴は思う。

 触れずに仰ぐ花。
 近づきたいけれど、触れすぎてはいけない存在。

 あこがれは、満たされないからこそ、心を前に進ませる。

 春の光の中で、サクラソウは今日も静かに、人の心を引き寄せていた。

10月28日、11月19日の誕生花「ワレモコウ」

「ワレモコウ」

基本情報

  • 科名:バラ科
  • 属名:ワレモコウ属(Sanguisorba)
  • 学名Sanguisorba officinalis
  • 原産地:ユーラシアの温帯から亜寒帯、北米大陸北西部~西部
  • 分類:多年草
  • 開花時期:7月〜10月頃
  • 花色:暗紅色〜赤褐色
  • 生育環境:日当たりのよい草地や山野

ワレモコウについて

特徴

  • 花びらがないように見えるが、実際は萼(がく)が花のように色づいている。
  • 細長い茎の先に、楕円形の小さな花が密集して咲く独特の姿。
  • 落ち着いた色合いと風に揺れる繊細な姿が日本的な情緒を感じさせる。
  • 生け花や茶花にもよく用いられ、秋の風情を象徴する植物の一つ。
  • 根には薬効があり、止血や整腸に利用されてきた歴史を持つ。

花言葉:「あこがれ」

由来

  • 細くまっすぐ伸びた茎の先で、小さな花穂をそっと揺らす姿が、**「遠くを見つめるよう」**に見えることから。
  • 地味ながらも凛と立つその姿が、**「控えめな憧れ」「手の届かない存在を思う気持ち」**を連想させる。
  • 秋風に揺れるたおやかな花姿が、どこか儚くも切ない憧憬の情を映しているとされる。

「風の向こうの君へ」

放課後の校庭には、夕方の風が吹き抜けていた。グラウンドの端に立つ花壇のそばで、結衣はしゃがみ込み、小さな赤褐色の花を見つめていた。
 ――ワレモコウ。
 地味で、誰も気にも留めないような花。それでも、風に揺れる姿がどこか懐かしくて、結衣は毎日ここに足を運んでいた。

 その花を最初に教えてくれたのは、三年の先輩だった。文化祭の準備で花壇の整備をしていたとき、彼がふと手を止めて言った。
 「この花、知ってる? ワレモコウっていうんだ。名前、ちょっと変だろ」
 彼は笑って、花穂の先をそっと指で弾いた。細い茎がしなやかに揺れ、暗紅色の粒が小さく震えた。
 「派手さはないけど、なんかいいだろ。風にまかせて、でも折れない」

 その言葉が、胸の奥にずっと残っていた。

 彼は卒業して、もうこの学校にはいない。
 けれど秋になると、決まって花壇の隅にこのワレモコウが咲く。まるで彼が残していった記憶のように。

 風が吹くたびに、花が遠くを見つめるように揺れる。
 ――まるで、あの人を探しているみたい。
 結衣は心の中でつぶやいた。

 彼がいなくなってから、何度も忘れようとした。
 けれど、どうしても消えなかった。地味で目立たないこの花が、彼そのもののように思えたからだ。
 誰も気づかない場所で、静かに咲き続ける。
 それでも、確かにそこにある。

 放課後の風は少し冷たく、空は茜色から群青に変わりかけていた。
 結衣は立ち上がり、花壇の前で小さく息を吐いた。
 「先輩、私ね、まだここにいるよ」

 言葉は風に溶け、どこまでも広がっていく。
 その向こうに、いつか届くように。

 ふと、ワレモコウがまた揺れた。
 まるで「わかってる」とでも言うように。

 遠くを見つめるようなその姿に、結衣は微笑んだ。
 憧れという言葉は、いつも少し切ない。手の届かない場所にある光のようで、追いかけても触れられない。
 けれど、それでもいいのだと思った。
 憧れがあるからこそ、今日も自分は前を向けるのだから。

 風が吹く。
 茎がたおやかに揺れ、花穂が陽の名残を映す。
 その姿はまるで、遠くを見つめる小さな祈りのようだった。

 ――憧れは、消えない。たとえもう届かなくても。

 結衣はもう一度花を見つめてから、ゆっくりと歩き出した。
 夕暮れの風の中、赤褐色の花は、静かに彼女の背中を見送っていた。