「アケビ」

基本情報
- 和名:アケビ(木通)
- 学名:Akebia quinata
- 英名:Chocolate vine / Five-leaf akebia
- 科名:アケビ科(Lardizabalaceae)
- 属名:アケビ属(Akebia)
- 原産地:日本、中国、朝鮮半島
- 分類:落葉つる性植物(つる性木本)
- 開花期:4〜5月頃
- 実の時期:9〜10月頃
アケビについて

特徴
- 5枚の小葉が手のひら状に広がる、特徴的な複葉。
- 春に、淡紫色の花(雌花)と小さな雄花を同じ株につける(雌雄同株)。
- 花にはチョコレートのような甘い香りがあるため、英名「Chocolate vine」。
- 秋になると果実が熟し、紫がかった果皮が自然に裂けて白い果肉が現れる。
- 果肉は甘く食用になるが、外皮は苦味があり、山菜として炒め物などに利用される。
- つるは丈夫で、かご細工やリースなどにも使われる。
花言葉:「偽りの魅力」

由来
- アケビの花は、一見すると控えめで上品な印象を与えるが、近づくと強い香りを放つ。
→ 見た目と香りのギャップが「外見と内面の違い」を連想させる。 - 紫がかった花色や果実の艶やかな見た目も、人を惹きつける“妖しい美しさ”を持つ。
- さらに、果実の中の白い果肉と黒い種という対比が「二面性」や「裏表のある魅力」を象徴する。
→ これらの特徴から、「偽りの魅力」「隠された誘惑」といった花言葉が生まれたとされる。
「紫の果実」

夏の終わり、山道を登ると、涼しい風が頬を撫でた。
緑の中に、ひときわ目を引く紫の実がぶら下がっている。
――アケビだ。
昔、祖母がよく言っていた。
「見た目に騙されるんじゃないよ。あの実は、見た目がきれいでも中身がどうだか分からないもんさ」
そのときは笑って聞き流していたけれど、いまは少しだけ、その言葉の意味がわかる気がした。
果実の皮は深い紫で、陽の光を受けて艶めいている。手を伸ばすと、指先にひんやりとした感触が伝わった。

そっと割ると、中から白い果肉が顔を出す。
淡い光を宿したような白。その中に、黒い種が点々と並んでいた。
その対比が、妙に美しく見えた。
「綺麗でしょう?」
振り向くと、いつのまにか誰かが立っていた。
淡い藤色のワンピースを着た女の人。見覚えのない顔だった。
「昔は、よくこれを採りに来たの」
彼女は微笑みながら、枝の上の果実に視線を向けた。
「でもね、この実、食べてごらんなさい。中は甘いのに、皮は苦いのよ」
「知ってます。祖母も同じことを言ってました」
そう答えると、彼女は少し目を細めた。
「人も、同じかもしれないわね」

その言葉に、胸の奥がざわついた。
思い浮かぶのは、街に置いてきた彼女――玲奈の顔だった。
柔らかな笑顔。上品な声。けれどその裏には、何かを隠しているような影があった。
わかっていたのに、惹かれてしまった。
まるで、この紫の果実みたいに。
「ねえ、どうして人は、苦いと知っているものを口にすると思う?」
女の人の声が風に揺れる。
「それでも確かめたいから……甘さの方を、信じたいからじゃないですか」
自分でも驚くほど静かな声で答えていた。

女の人は少し笑って、アケビの蔓を指でなぞった。
「いい答えね。でも、信じることと、見抜くことは、少し違うのよ」
そう言い残すと、彼女は木陰の奥に消えた。
風が止んで、蝉の声だけが残った。
ふと足元を見ると、先ほどのアケビの皮が落ちていた。白い果肉は消えて、黒い種だけが土に散らばっている。
甘いものは、いつか形を失う。残るのは、苦みと影。
けれど、俺はその種をそっと拾い上げた。
苦さを知っても、また誰かを好きになることを、きっとやめられない。
山を下りるころ、夕暮れの空が紫に染まっていた。
まるで、あの果実の色のように――甘くて、少しだけ、切ない色をしていた。