「マツバギク」

■ 基本情報
- 和名:マツバギク(松葉菊)
- 学名:Lampranthus、Delospermaなど(複数の種が「マツバギク」と呼ばれます)
- 科名:ハマミズナ科(ツルナ科とも)
- 原産地:南アフリカ
- 形態:多年草(常緑の多肉植物)
- 花期:4月~5月(ランプランサス属)、6月~10月(デロスペルマ属)
マツバギクについて

■ 特徴
- 葉:名前のとおり、松葉のように細長く、肉厚な多肉質の葉が特徴です。
- 花:デイジーに似た形の鮮やかな花を咲かせます。ピンク、紫、オレンジ、白などカラーバリエーションが豊富です。
- 性質:非常に乾燥に強く、日当たりの良い場所を好みます。砂利地やロックガーデン、斜面の地被植物として使われることも多いです。
- 育てやすさ:耐寒性・耐暑性ともに強く、放っておいても育つほど丈夫です。
花言葉:「心広い愛情」

マツバギクの花言葉「心広い愛情」は、以下のような特徴に由来していると考えられます。
- 咲き誇る花の姿:マツバギクは小さな株でもたくさんの花を一斉に咲かせ、周囲を明るく彩ります。その様子が、見返りを求めず広く愛を与える姿に例えられています。
- 丈夫で世話いらずな性格:乾燥や過酷な環境でもよく育ち、周囲の環境に順応する懐の深さが「心の広さ」に通じます。
- 長い開花期間:春から秋にかけて長く花を咲かせ続ける姿は、尽きることのない愛情の象徴とされています。
「ひとひらの広がり」

真夏の陽射しがじりじりとアスファルトを焼いていた。古びた団地の一角、小さな庭に咲く鮮やかな紫の花が、ひときわ目を引いた。雑草の間から溢れるように顔をのぞかせているその花は、マツバギク。誰が世話をしているのかも分からないまま、毎年この季節になると律儀に咲き、住民たちの目を楽しませていた。
七十を越えた昌子さんは、その花に誰よりも親しみを感じていた。
「今年もよう咲いたねえ」

と、水をやるふりをしながらマツバギクに語りかけるのが日課だ。かつては手入れをする人もいたが、今はもう姿を見せない。だけど不思議なことに、誰にも手をかけられなくなってからの方が、この花は元気に咲くようになった気がする。
昌子さんには息子が一人いた。若い頃に家を出てから音沙汰もなく、最後に会ったのはもう二十年以上前だ。電話も手紙も来ない。はじめの数年は泣いたが、今はもう泣くこともない。ただ、彼が子どもの頃に「お母さんの花だね」と言ったこのマツバギクだけが、記憶のなかで彼とつながる唯一のものだった。
「花はいいね。誰かに見てほしいって思ってるわけじゃないのに、こんなに咲いて」

ある日、団地の隣に引っ越してきた若い母親が、小さな女の子の手を引いて花の前で足を止めた。
「きれいねえ、この花。ママ、これなんて名前?」
「ええっとね、たしか……マツバギク、って言うのよ」
その声に驚いて振り返ると、母親は少し照れながら会釈をした。
「すみません、勝手に見させてもらって……うちの子、この花が気に入ったみたいで」
「いいのよ。この花はね、見る人の心を明るくするの」
「本当に、そうですね。なんだか元気が出ます」
その日から、親子は毎日のように花の前に来て、にこにこと話すようになった。ある日、女の子が昌子さんに小さな絵を渡してくれた。そこにはマツバギクと、「おばあちゃん、ありがとう」の文字。
「ありがとうって、何が?」
「いつも、花、きれいにしてくれてるから」

昌子さんは笑った。
「この子ね、自分で育ってるのよ。誰にも文句言わず、文句言われず、ただ、咲くの。……あなたも、そうやって咲けばいいよ」
日が傾くなかで、マツバギクの花びらが夕陽に透けて光っていた。
そしてその夜、玄関先に一通の手紙が届いた。差出人は、あの息子からだった。
「母さん、元気ですか。ずっと連絡できなくてごめんなさい。最近、娘ができました。マツバギクを見るたび、あなたを思い出します——」
昌子さんは、そっと手紙を胸に当てた。涙は出なかった。ただ、胸の奥が、じんわりとあたたかかった。
花は、見返りを求めず咲き続ける。誰かがそれに気づき、受け取ったとき、広い愛情は静かに、しかし確かに伝わるのだ。
まるで——マツバギクのように。