「ムラサキシキブ」

基本情報
- 科名・属名:シソ科 / ムラサキシキブ属
- 学名:Callicarpa japonica
- 原産地:日本、中国、朝鮮半島
- 別名:コムラサキ(※園芸品種で混同されやすい)
- 開花時期:6〜7月
- 実の時期:9〜11月
- 花色:淡い紫〜薄ピンク
- 実の色:鮮やかな紫色
- 花の大きさ:直径3〜4mmほどの小花
- 樹高:1〜3m前後の落葉低木
ムラサキシキブについて

特徴
- 枝いっぱいに 小さな紫色の実 をつける姿が美しく、秋の庭を彩る代表的な植物。
- 実は 光沢のある紫色 で、日に当たるとまるで宝石のように輝く。
- 花は初夏に咲くが控えめで、秋の実の美しさが主役。
- 鳥が実を食べて種を運ぶため、自然繁殖しやすい。
- 名前の由来は、その優雅さを平安時代の才女・紫式部にたとえたことから。
花言葉:「愛され上手」

由来
- 小さな花が密集して咲き、秋には一面に美しい紫の実を実らせる様子が、
→ 「周囲から自然と愛される」「人々の心を惹きつける」印象を与えるため。 - 花も実も目立ちすぎず、控えめながら人の心をつかむ魅力を持つことから、
→ 「愛され上手」「聡明」「上品」などの花言葉が生まれた。 - また、「紫式部」という名前の持つ 知性と優美さ も、
→ 「愛され上手」という意味をより深めている。
「紫の実の頃に」

庭の隅に、祖母が植えたムラサキシキブの木がある。
小さな花をつける季節は気づかぬほど静かで、誰もその存在を話題にしない。けれど秋になると、枝いっぱいに紫の実をつけ、日差しを受けてまるで小さな宝石のように輝き出す。
「愛され上手って、こういうことを言うのかもしれないね」
祖母はよくそう言って笑っていた。
高校に上がったばかりの頃、私はその言葉の意味が分からなかった。
「愛され上手」なんて、なんだかあざとく聞こえたし、人に好かれることばかり考えるのは格好悪いと思っていた。

でも、そんな私とは違い、祖母はどこへ行っても穏やかに人に囲まれていた。
特別おしゃべりでもないし、派手な服を着るわけでもない。それなのに、いつのまにか人の心に入り込んで、気づけば誰もが祖母を好きになっていた。
「ねえ、どうしてそんなに誰からも好かれるの?」
ある日、素直に尋ねたことがある。
祖母はムラサキシキブの枝を撫でながら、少し考えてから答えた。
「好きになってもらおうと思うより、好きでいることのほうが大事なんだよ」
「え?」
「この花もそうだろう? 見てもらおうなんて思っていない。でも、季節が来ればちゃんと咲いて、実を結ぶ。それを見つけた人が“きれいだな”って思うだけ」
祖母は微笑んだ。
「人も同じさ。無理に目立たなくても、心をこめて咲いていれば、ちゃんと誰かが見つけてくれる」

その言葉が胸に残ったまま、数年が過ぎた。
祖母が亡くなった翌年、私は大学の帰りに久しぶりにあの庭を訪ねた。
手入れもされていないはずなのに、ムラサキシキブの枝はしなやかに伸び、濃い紫の実をたくさんつけていた。
手を伸ばして一粒を摘む。指先に感じるのは、小さな丸い命の重み。
その瞬間、祖母の声が心の奥でよみがえる。
――見てもらおうなんて思っていない。でも、ちゃんと咲く。

涙がこぼれた。
愛されることを計算しない優しさ。控えめだけど、人の心に灯りをともすような存在。
祖母が言っていた「愛され上手」とは、きっとそういうことなのだと思う。
家に戻って、ノートに小さく書いた。
“私はムラサキシキブみたいに生きたい”
それから私は、無理に笑顔を作るのをやめた。
自分の好きなことを、静かに丁寧に続けるようにした。すると不思議なことに、いつのまにか周りに優しい人たちが集まってくるようになった。
紫の実が色づく頃、私はまたあの庭に立つ。
風に揺れる枝の先で、光を受けた小さな実たちがきらめいている。
まるで、「ちゃんと見てるよ」と囁くように。
――ねえ、おばあちゃん。
あなたの好きだったこの花、やっぱり“愛され上手”だね。