「ピンクのアルストロメリア」

基本情報
- 学名:Alstroemeria
- 科名:ユリズイセン科(アルストロメリア科とされることもある)
- 原産地:南アメリカ(主にチリ、ペルー、ブラジル)
- 開花時期:5〜7月(品種によっては春〜秋)
- 花色:ピンク、白、黄色、オレンジ、紫など多彩
- 切り花としての流通:通年(特に春〜夏に多い)
ピンクのアルストロメリアについて

特徴
- ユリに似た花姿で、花弁に斑点や筋模様が入る
- 1本の茎から複数の花を咲かせ、花持ちが良い
- 葉が途中でねじれるように裏返る独特の形状をもつ
- 控えめでやさしい印象のピンク色は、親しみや温かさを感じさせる
- 主張しすぎず、他の花と調和しやすい
花言葉:「気配り」

由来
- 1輪ずつは控えめだが、集まることで華やかさを生む姿から
- 周囲の花を引き立てながら全体の美しさを整える性質に由来
- 長持ちする切り花として、贈る相手を思いやる心が重ねられた
- やさしいピンク色が、相手を思う細やかな心遣いを連想させる
「花束の中のひとひら」

その花屋は駅前の喧騒から少し外れた路地にあった。大きな看板もなく、通り過ぎようと思えば簡単に見落としてしまう。けれど、夕暮れ時になると、店先に並ぶ花々が淡く灯り、まるで「ここにいるよ」と小さく手を振っているようだった。
美緒は、その花屋に足を踏み入れるたび、胸の奥が少しだけ静かになるのを感じていた。仕事帰りの疲れや、言葉にできない迷いが、花の香りに溶けていくような気がするのだ。
「いらっしゃいませ」
奥から現れたのは、いつもの店主だった。年齢はわからない。若くも老いても見えず、ただ穏やかな目をしている。

「今日は、どんなご用でしょう」
美緒は少し考え、視線を店内に巡らせた。華やかなバラや、凛としたユリ、可憐なカスミソウ。その中で、ふと足が止まった。
淡いピンクのアルストロメリアだった。
一輪一輪は控えめで、派手な主張はない。けれど、数本まとめて活けられた花束は、不思議と温かな存在感を放っていた。
「これを……お願いします」
店主は頷き、花を手に取った。
「贈り物ですか?」
「はい。でも……派手じゃなくていいんです」
美緒の脳裏に浮かんだのは、職場の後輩・紗耶の姿だった。誰よりも早く出社し、誰よりも遅くまで残る。会議では一歩引いて周囲の意見をまとめ、誰かが困っていれば、言われる前に手を差し伸べる。
けれど、感謝の言葉が向けられることは少なかった。

「いつも気づいてる人ほど、見えにくいものですね」
店主はそう言いながら、アルストロメリアを束ねていく。ピンクの花が、少しずつ集まり、やさしい華やかさを帯びていく。
「この花、花言葉は『気配り』なんですよ」
美緒は驚いて顔を上げた。
「そうなんですか?」
「ええ。一輪ずつは控えめだけれど、集まると場を明るくする。周りの花を引き立てながら、全体の美しさを整える。しかも長持ちするでしょう。贈る人の、思いやる心が重ねられてきたんです」
包みを受け取ったとき、美緒は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

翌日、職場の休憩室で、美緒はその花束を紗耶に差し出した。
「いつも、ありがとう」
それだけ言うのが精一杯だった。
紗耶は一瞬、驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。
「……私、そんなに役に立ってましたか?」
「立ってるよ。たくさん」
アルストロメリアのやさしいピンクが、二人の間で静かに揺れていた。
数日後、その花はまだ瑞々しく、デスクの隅で咲き続けていた。派手な主役ではないけれど、確かにそこにあって、周囲の空気を整えている。
美緒は思った。気配りとは、声高に示すものではなく、こうして静かに、長く、誰かのそばに咲き続けることなのだと。
アルストロメリアは今日も、何も言わずに、ただやさしくそこにあった。