「ナンテン」

基本情報
- 学名:Nandina domestica
- 科名:メギ科
- 分類:常緑低木
- 原産:日本、中国、東南アジア
- 別名:ナンテンギ、ナンテンチク
- 開花期:6〜7月
- 結実期:冬(11〜2月頃に赤い実)
- 用途:庭木、縁起木、生け花、正月飾りなどに利用
ナンテンについて

特徴
- 「難転(難を転じて福となす)」の語呂から、古くから縁起の良い植物とされる。
- 初夏に白い小花を咲かせ、その後に鮮やかな赤い実を長くつける。
- 冬でも落葉しないため、実の赤と葉の緑のコントラストが美しい。
- 葉は季節で色が変化し、春の赤芽 → 夏の緑 → 冬の紅葉と表情が豊か。
- 枝ぶりが柔らかく、風に揺れる姿が繊細で優しい印象を与える。
- 病害虫に強く、手入れが簡単で長寿。
花言葉:「私の愛は増すばかり」

由来
- 白い花・緑の葉・赤い実と、季節を追うごとに彩りが増す姿から
→ “時間とともに深まる愛情” を象徴すると考えられたため。 - 秋から冬にかけて実が赤く色づき、
→ 寒さの中でも赤い実が鮮やかに残り続ける様子が、
“育ち続ける想い” を連想させた。 - 一度実がつくと長期間残ることから
→ 消えない愛、積み重なる愛情のイメージにつながった。
「冬の実が落ちるころ」

夕暮れの光が、庭の片隅に立つナンテンの実を赤く染めていた。冬の始まりを告げるような冷たい風が吹き、そのたびに葉がやわらかく揺れる。その光景を、結衣(ゆい)は縁側に座ってぼんやりと眺めていた。
この家に帰ってきたのは、久しぶりだった。街での暮らしに疲れ、何となく行き場をなくした心が、ふと「帰りたい」と呟いたのだ。
けれど、ここにはもう祖父はいない。
二年前の冬、突然の別れが訪れた。結衣が最期に会えなかったことを、家のどこを歩いても思い出す。
庭のナンテンは、もともと祖父が植えたものだった。
「ナンテンはな、季節が移るほどきれいになるんだ」
祖父はいつもそう言いながら、葉を手のひらでなでていた。
「最初は白い花。夏には緑の葉が茂って、冬には赤い実になる。色が増えるっていうのは、積み重なっていくからなんだよ」

その言葉が、今になって胸に沁みる。
――色が増えるほど、積み重なっていく。
目を閉じると、祖父の笑い声がよみがえる。小さな頃、庭で転んで泣いたとき、真っ先に抱き上げてくれたこと。夏の夜に花火をして、煙でむせながら笑ったこと。忙しくなって帰らなくなっても、「元気ならそれでいい」と言ってくれたこと。
どれも、あたりまえだと思っていた。
けれど、もう返せない。
風に揺れる枝が、そっと実を鳴らした。
赤い実が冬の薄い光の中でほのかに揺れ、結衣の視線を引き寄せる。
「あ……」

ふと、ひと粒の実が落ちた。
雪も積もっていない土の上に、ぽとりと落ちて弾けるように見えた。
実が落ちる瞬間を見て、結衣はなぜか胸が締めつけられた。
――季節が変わっても、ずっと残っていたのに。
赤いままで、冷たい風にも負けないまま、ずっと。
なのに、今、音もなく落ちた。
「……どうしてかな」
問いかけは、庭に溶ける。
答えは風に流れていったが、代わりに、思いがけない気づきが胸に満ちてきた。
ナンテンが季節ごとに色を増すように。
祖父との日々も、時間が経つほど鮮やかになっていく。
忘れるどころか、むしろ増えていく。
消えるのではなく、重なり続けていく。
赤い実は落ちたけれど、それは終わりじゃない。
実が落ちることで土が潤い、また新しい芽に力を渡すように――愛情も、誰かの中で姿を変えながら生き続ける。

「おじいちゃん……」
名前を呼んだとたん、涙がひと粒こぼれた。
その涙は冷たいはずなのに、頬を伝う感触はどこか温かかった。
結衣は立ち上がり、そっとナンテンの前に歩み寄った。
枝先の赤い実が、夕日に照らされてきらりと光る。
まるで、まだここにいるよと伝えるみたいに。
「私ね、忘れてないよ。……むしろ、増えてくんだよ。会えない時間が長いほど」
風がふわりと吹いた。
ナンテンが優しく揺れ、葉がさざめく。
それは返事のようで、慰めのようでもあった。
結衣は深呼吸をし、もう一度実を見つめる。
冬の庭の赤は、小さくても確かにあたたかい。
積み重なる愛情は、色を増しながら、これからも胸の中に残り続ける。
――私の愛は増すばかり。
ナンテンの花言葉が、初めて本当の意味を帯びて胸に沁みた。
夕暮れの庭に、赤い実がひっそりと灯る。
それは、時間を超えて息づく愛の光だった。