「ピンクのカーネーション」

基本情報
- 学名:Dianthus caryophyllus
- 科名:ナデシコ科
- 原産地:南ヨーロッパ・地中海沿岸
- 開花時期:4月〜6月(温室栽培では通年流通)
- 花色:淡いピンク〜濃いピンク
- 用途:切り花、鉢植え、贈答用(特に母の日)
ピンクのカーネーションについて

特徴
- フリル状の花びらが重なり、やわらかく優しい印象を与える
- ピンク色は赤よりも穏やかで、温かみのある色調
- 花持ちが良く、切り花でも長く楽しめる
- 香りはほのかで上品
- 強さと繊細さを併せ持つ姿が、人の心情に重ねられやすい
花言葉:「感謝の心」

由来
- ピンクのカーネーションは、赤の「深い愛情」よりも
やさしく包み込むような愛を表す色とされてきた - 淡い色合いが
→ 「素直な気持ち」「照れを含んだ感謝」
を連想させるため - 母の日に贈られる花として広まる中で、
→ 日々の愛情や支えに対する言葉にしきれない感謝を象徴する花となった - 派手すぎず、しかし確かに心を伝える姿が、
→ 「ありがとう」という想いを静かに、誠実に表す花と受け取られた
「言葉にしなかった、ありがとう」

五月の朝は、少しだけ空気がやわらかい。
駅前の花屋の前で、遥(はるか)は足を止めた。店先に並ぶ花の中で、淡いピンクがひときわ目に入る。カーネーションだ。派手ではないのに、なぜか視線を引き寄せる色だった。
「……今年は、これにしよう」
独り言のように呟いて、遥は一束を手に取った。
赤ほど情熱的ではなく、白ほど距離もない。柔らかく、包み込むようなピンク。その色は、どこか母の笑顔に似ている気がした。
遥は、母に「ありがとう」を言うのが苦手だった。
嫌いなわけじゃない。むしろ、その逆だ。
感謝していない日など、一日もない。けれど、言葉にしようとすると、胸の奥がむず痒くなって、照れが先に立ってしまう。

小さい頃、熱を出せば夜通し看病してくれたこと。
進路に迷ったとき、何も言わず背中を押してくれたこと。
上京すると決めた日、玄関で「体だけは大事にしなさい」と言って微笑んだこと。
思い出せば、いくつもある。
なのに、口から出るのはいつも、「うん」「大丈夫」「分かった」ばかりだった。
花を抱え、実家へ向かう電車の中で、遥は窓の外を眺めた。流れていく景色の中で、ピンクの花びらが揺れる。
――言葉にしきれない感謝。
それが、この花に込められているのだと、今なら少し分かる気がした。
家に着くと、台所から母の声がした。
「おかえり。ちょうどお茶、入れたところよ」

いつもと同じ、変わらない日常。
けれど今日は、手に花がある。
「……はい」
遥は、ぎこちなく花束を差し出した。
母は一瞬きょとんとした顔をして、それからゆっくり、目を細めた。
「あら。きれいね」
その声は驚くほど静かで、そして嬉しそうだった。
母は花を受け取り、そっと香りを嗅ぐ。
「ピンクのカーネーションか。やさしい色」
遥は、頷くだけで精一杯だった。
本当は言いたい。ありがとう、と。
でも、その一言が喉で引っかかる。
母は何も言わず、花瓶に水を注ぎ、花を生けた。
テーブルの上で、ピンクの花がふわりと広がる。
「派手じゃないけど、いいわね。こういうの」

その言葉に、遥の胸が少しだけ軽くなった。
派手じゃないけど、確かに伝わる。
それでいいのだと、この花は教えてくれている気がした。
夕方、二人で並んでお茶を飲みながら、遥はぽつりと言った。
「……いつもさ、ありがとうって思ってるんだ」
母は驚いたようにこちらを見て、それから、少し照れたように笑った。
「知ってるわよ」
短い答えだったけれど、その声はとてもやさしかった。
ピンクのカーネーションが、夕日の中で静かに揺れる。
言葉にできなかった想いは、確かにそこにあった。
やさしく包み込むように、積み重なってきた感謝の心は、花の色となって、今、母のそばで咲いている。
遥はその光景を胸に刻みながら、初めて思った。
――言葉にしなくても、伝わることはある。
でも、伝えようとする気持ちこそが、何よりの「ありがとう」なのだと。
ピンクの花は、今日も静かに、誠実に、その想いを抱いていた。