「ミスミソウ」

基本情報
- 和名:ミスミソウ(三角草)/ユキワリソウ(雪割草)
- 学名:Hepatica nobilis
- 科名:キンポウゲ科
- 分類:多年草
- 開花時期:2月~5月(早春)
- 原産地:日本(本州~九州)
- 自生環境:落葉樹林の林床、山地の湿り気のある場所
ミスミソウについて

特徴
- 雪が残る時期に地面すれすれで花を咲かせる早春の山野草
- 葉が三つに裂けた形(三角形)をしていることが名前の由来
- 花色は白・紫・青・ピンクなど変化が豊富
- 花は晴れた日に開き、寒さや曇天では閉じる性質がある
- 成長は非常にゆっくりで、開花までに数年かかることもある
花言葉:「忍耐」

由来
- 厳しい寒さと雪に覆われた環境の中で、じっと春を待ち続ける姿から
- 地上に出る時期が早い一方、成長は緩やかで長い時間を要する性質に由来
- 林床の弱い光の中でも耐え、毎年確実に花を咲かせる生命力が重ね合わされた
- 派手さはないが、静かに季節の訪れを告げる存在感が「耐え抜く強さ」を象徴した
「雪の下で待つ声」

その冬は、いつまでも終わらないように思えた。山あいの町に暮らす澪は、朝起きるたび、窓の外に広がる白い世界を見て同じ感情を抱く。寒さそのものよりも、「まだ続く」という感覚が、心を少しずつ削っていった。
町役場で働く澪は、目立つ仕事を任されることはなかった。誰かの補佐、書類の整理、滞りなく進むように裏側を整える役目。必要だとは言われるが、評価される場面は少ない。同期が次々と異動や昇進の話を手にする中で、澪は足踏みをしているような気持ちを拭えずにいた。

「焦らなくていい」
祖母はそう言って、いつも同じ山道を散歩に誘った。雪が残る林の中は静かで、音といえば踏みしめる雪のきしむ音だけだった。
「春になれば、ここに花が咲くのよ」
祖母が指さしたのは、今は何もない地面だった。枯葉と雪に覆われ、命の気配は見えない。
「何もないように見えてもね、下ではちゃんと待ってる」
澪は曖昧に頷いた。待つことは、得意ではなかった。待つ時間は、不安が膨らむ時間でもあるからだ。

それからしばらくして、雪解けが少し進んだある日、澪は一人でその道を歩いた。足元に、小さな色があることに気づく。しゃがみ込むと、薄紫の花が、枯葉の隙間から顔を出していた。
ミスミソウだった。小さく、控えめで、派手さはない。それでも、凍えるような冬を越え、ここに咲いている。
澪はしばらく動けなかった。誰に見られるわけでもなく、称えられるわけでもない場所で、ただ季節が来るのを信じて咲いた花。その姿は、どこか自分に重なって見えた。
花はすぐに大きくはならない。成長は緩やかで、時間がかかる。それでも毎年、確実にこの場所で花を咲かせる。林床の弱い光の中で、耐えながら。

澪は息を吸い込み、ゆっくり吐いた。焦りが消えたわけではない。ただ、少しだけ見方が変わった気がした。すぐに結果が出なくても、今は見えなくても、積み重ねた時間は確かに自分の中にある。
数日後、職場でまた雑務を任されたとき、澪は黙って引き受けた。誰かが前に進むために必要な場所を整えること。それもまた、意味のある役目だと、今は思える。
窓の外では、まだ風が冷たい。それでも、季節は確実に進んでいる。雪の下で、静かに春を待つものがあるように、自分の中にも、芽吹く準備をしている何かがあるはずだ。
帰り道、澪は足元を見ながら歩いた。もしまたあの花に出会えたら、今度は迷わず立ち止まろうと思った。
忍耐とは、耐え続けることではない。信じて待つことなのだと、ミスミソウは何も言わず、教えてくれていた。