「白いツバキ」

基本情報
- 和名:ツバキ(椿)
- 別名:白椿
- 学名:Camellia japonica
- 科名/属名:ツバキ科/ツバキ属
- 原産地:本州、四国、九州、沖縄、台湾、朝鮮半島南部、中国(山東、浙江)
- 開花時期:11月~12月、2月~4月
- 花色:白
- 樹形:常緑高木(庭木・生け垣として利用される)
白いツバキについて

特徴
- 凛とした白い花
赤やピンクの椿と比べ、白椿は装飾性よりも静けさや清廉さが際立ちます。雪の中でも映える、澄んだ存在感があります。 - 花が丸ごと落ちる性質
ツバキは花弁が散らず、花全体がぽとりと落ちるのが特徴です。この姿は、潔さや覚悟を連想させ、日本文化の中で特別な意味を持ってきました。 - 光沢のある常緑の葉
厚く濃緑色の葉は一年中美しく、花の白さをいっそう引き立てます。花のない季節でも品格を保つ樹木です。 - 日本文化との深い結びつき
茶花、庭木、和歌や絵画の題材として古くから親しまれ、特に白椿は「控えめな美」の象徴とされてきました。
花言葉:「誇り」

由来
白いツバキの花言葉「誇り」は、次のような理由から生まれたと考えられています。
- 飾らず、媚びない美しさ
白椿は華やかに主張することなく、静かにそこに咲きます。その姿は、自分を誇示しない“内に秘めた誇り”を思わせます。 - 花の散り方が象徴する潔さ
花びらがばらばらに散らず、咲いた姿のまま落ちる様子は、信念を曲げずに終わりを迎える姿と重ねられました。
これは「誇り高く生きる」「最後まで自分を保つ」という意味合いにつながっています。 - 冬に咲く強さと気高さ
厳しい寒さの中でも淡々と咲く白椿は、困難な状況でも品位を失わない精神の象徴とされ、「誇り」という言葉がふさわしい花とされました。
「白のまま、立つ」

境内の奥に、その白椿はあった。
誰に見せるでもなく、誰を待つでもなく、古い石灯籠の影に身を置いたまま、冬の終わりを受け入れるように咲いていた。
由依は毎朝、その前を通った。参拝客の多くは朱色の鳥居や梅の枝に目を奪われ、白椿の存在に気づくことはほとんどない。それでも由依は、足を止め、必ず一度だけ視線を向ける。
理由は、うまく言葉にできなかった。

仕事では、要領の良い人間が評価される。声の大きな意見が通り、慎重な考えは後回しにされる。由依は自分の誠実さが、いつの間にか弱さとして扱われていることに気づいていた。合わせれば楽だと分かっているのに、それができない。だから、少しずつ疲れていた。
ある朝、白椿の根元に、落ちた花があった。
花びらは散らばらず、咲いたときの形をそのまま残して、静かに地面に横たわっている。
由依は思わず膝をついた。
きれいだ、と思ったのではない。
ただ、「こういう終わり方があるのか」と、胸の奥がわずかに揺れた。

咲いている間、白椿は目立たない。香りも強くないし、色も控えめだ。だが、だからこそ、自分を飾る必要がない。
そして、終わるときも同じだ。ばらばらになって風に任せることもなく、最後まで自分の形を守る。
「誇り、か……」
誰に聞かせるでもなく、由依はつぶやいた。
誇りとは、胸を張ることではない。勝ち取ることでも、認めさせることでもない。
たぶんそれは、自分を裏切らないことだ。状況が厳しくても、寒さが続いても、淡々と、白のままで立ち続けること。

その日、由依は職場で初めて、自分の意見を言った。声は震えたし、空気が少しだけ重くなった。それでも、引き下がらなかった。
結果がどうなるかは分からない。だが、不思議と後悔はなかった。
帰り道、境内に立ち寄ると、白椿はまだ枝に残っていた。
冬の光を受け、静かに、変わらぬ姿で。
由依は小さく息を吸い、胸の内でそっと言った。
――私は、私のままでいい。
白椿は何も答えなかった。
それでも、その沈黙は、十分すぎるほどの肯定だった。