「シクラメン」

基本情報
- 科名/属名:サクラソウ科/シクラメン属
- 学名:Cyclamen persicum(主に園芸品種の元となった原種)
- 英名:Cyclamen
- 原産地:北アフリカから中近東、ヨーロッパの地中海沿岸地域
- 分類:多年草(球根植物)
- 開花時期:晩秋〜冬〜春(10~4月頃)
- 草丈:20~30cmほど
- 花色:赤、白、ピンク、紫、濃桃、複色など
- 特徴的な構造:反り返る花弁(上向きに反転した形)
シクラメンについて

特徴
- 冬に咲く代表的な花で、寒い季節の彩りとして非常に人気が高い。
- 花びらが上に向かって反り返る独特の形をしており、蝶や炎のように見えることも。
- 葉にはハート形の模様が入ることが多く、観賞価値が高い。
- 室内で長く鑑賞でき、育て方次第で翌年も咲かせることが可能。
- 乾燥気味を好み、過湿に弱いという独特の栽培性質をもつ。
- 原種系は香りが強いものもあり、近年では香りのある品種も増えている。
花言葉:「はにかみ」

由来
- シクラメンの花は、うつむくように下向きに咲き始める性質がある。
→ この「控えめに下を向く姿」が、恥じらいを帯びた仕草を連想させる。 - さらに、咲いた後は花びらが大きく反り返るが、
咲き始めの“内気”な佇まいが昔の人々に印象的だったとされている。 - 派手な色合いが多いにもかかわらず、
花の付き方がどこか慎ましく、奥ゆかしい雰囲気を見せることも理由の一つ。 - こうした特徴から、
**「恥じらい」「はにかみ」「内気な恋」**といった花言葉が生まれた。
「ゆらぎの赤に触れるまで」

冬の朝、真央はベランダに出ると、冷えた空気の中でそっと肩をすくめた。けれどその指先を温めるように、ひと鉢のシクラメンが静かに揺れていた。
深い赤の花びらはまだ半分ほど閉じ、うつむくように下を向いている。その姿を見た瞬間、真央は思わず微笑んだ。
「……あなた、まだ恥ずかしがってるの?」
小さく呟いた声は白い息になり、花の周りに淡く広がった。
この鉢は、半年前に亡くなった祖母の部屋に飾られていたものだ。整理に訪れたとき、枯れかけているにもかかわらず、真央はなぜか捨てることができなかった。
祖母はいつも言っていた。

――「この子はね、最初は恥ずかしがり屋なの。でもね、時間が経つとちゃんと顔を上げて、きれいに咲いてみせるんだよ」
その言葉を思い出しながら、真央は冷える指で土の乾き具合を確かめた。水は昨日あげたばかり。葉の色も悪くない。
なのに、何かが物足りないような気がして、真央は花の前にしゃがみ込んだ。
見上げると、花はほんの少し震えているように見えた。寒さか、風か、それとも――。
「ねえ。私も、ちょっとだけ似てるかもしれない」
その言葉は、自分でも不意だった。
職場ではいつも遠慮がちで、本当は言いたいことがあっても口にできない。周りから「大人しいね」と笑われるたびに、胸の奥がきゅっと縮む。
祖母はそんな真央を責めたことも、変えようとしたこともなかった。ただいつも、シクラメンを撫でながら優しく言った。

――「恥ずかしがり屋だっていいのよ。ゆっくりでいい。ちゃんと咲けるから」
その声が、今も耳の奥に残っている。
真央が静かに息を吐いたとき、ふと一輪の花がわずかに顔を上げた。
まだ完全ではない。けれど、下を向いていた花びらが、ほんのすこしだけ外側へ反り返りはじめている。
「……咲くの?」
思わず手を伸ばし、その花に触れる寸前で止めた。
触れたら壊れてしまいそうだった。あまりにも慎ましくて、あまりにも奥ゆかしくて。
けれど、その小さな変化が胸に熱を灯した。
「私も、少しだけ……顔を上げてみようかな」

その瞬間、自分でも驚くほど自然に涙が滲んだ。
悲しさではなかった。
ただ、シクラメンの花が教えてくれたような気がしたのだ――。
恥ずかしがり屋でもいい。みっともなくてもいい。
咲くまでに時間がかかっても、いつか自分なりの形で花開けばいいのだ、と。
朝の光が差し込み、シクラメンの赤が少し鮮やかに見えた。
うつむいていた花は、ゆっくりと、ほんの少しだけ上を向く。
その姿に励まされるように、真央もまた背筋を伸ばした。
「今日、ひとつだけ言ってみよう。……ほんの少しだけでいいから」
白い息が空へと溶けていく。
赤い花が静かに揺れる。
恥じらいを抱えたまま、それでも前へ進もうとする小さなぬくもりが、冬の朝の空気に溶けていった。