「ヤエザクラ」(八重桜)

ヤエザクラ(八重桜)は、日本を代表する美しい桜の一種で、特に花が幾重にも重なる豪華な見た目が特徴です。以下に、ヤエザクラの基本情報と特徴、そして花言葉についてまとめました。
ヤエザクラ(八重桜)について

■ 基本情報
- 分類:バラ科サクラ属
- 学名:Prunus lannesiana(園芸品種が多く、分類がやや複雑)
- 開花時期:4月中旬〜5月上旬(ソメイヨシノより少し遅め)
- 原産地:日本
- 樹高:5~10メートル程度
■ 特徴
- 花の形:花びらが10枚以上、多いもので50枚以上に重なり、ふんわりとした見た目。
- 花の色:淡紅色〜濃いピンク、まれに白もあります。
- 香り:品種によって香りがあるものも。
- 開花の持続:一重咲きの桜よりも花が長く楽しめるのが魅力。
- 代表的な品種:
- 関山(カンザン)
- 一葉(イチヨウ)
- 普賢象(フゲンゾウ)
- 松月(ショウゲツ)
花言葉:「豊かな教養」

ヤエザクラはその重なり合った花びらの美しさから、「豊かな教養」や「しとやか」「善良な教育」といった意味を持っています。
多層的な花の構造が、深みのある知性や優雅さを象徴しているとも言われ、卒業式や入学式など、教育にまつわる場面でも好まれることがあります。
🌸 小ネタ
- ヤエザクラは花と葉が同時に出る品種が多く、花だけのソメイヨシノとは違った風情があります。
- 食用の「桜の塩漬け」に使われることもあります(主に「関山」など)。
「八重の記憶」

校門の前に並ぶ八重桜が、春の陽を受けてふわりと咲き誇っていた。花びらの重なりはまるで、時を重ねた思い出のように豊かで、あたたかい。
「今日で本当に最後なんだな」
詩織は、校門の前で立ち止まり、ふとつぶやいた。十二年間、この学び舎で過ごした日々が、今日で終わる。小学校から高校までが一貫していたこの私立校では、入学式も卒業式も、いつもこの八重桜が見守ってくれていた。

花が好きだった母が、この学校を勧めてくれた。
「ここの桜はね、八重桜っていって、花びらがたくさん重なってるの。教養とか、奥ゆかしさの象徴なのよ。あなたにもぴったり」
そう言って微笑んだ母の顔が、いまもはっきりと浮かぶ。もう母はいない。中学に上がる直前に、病であっけなく逝ってしまった。
あの春、桜の下で泣きながら誓った。
——私は、強くなる。たとえ一人でも、ちゃんと前を向く。

けれど、本当はずっと寂しかった。教室で笑っていても、成績が上がっても、家に帰ると、ぽっかりと何かが欠けていた。
そんなとき、いつも八重桜があった。行きも帰りも、重なる花びらを見上げながら、詩織は何度も心を落ち着かせた。まるで、何枚もの花びらがそっと心に覆いをかけてくれていたかのように。
高校に入ってからは、文学部に所属した。母が大好きだった本の世界。詩織は本の中に、自分と母を繋ぐ小さな窓を見出していた。そして、大学では国文学を専攻することを決めた。母が最期に読みかけだった和歌集も、詩織の本棚に大切に残っている。

卒業式の朝、制服のまま、詩織は学校に早く来た。誰もいない校庭。朝の光のなか、八重桜がそよ風にゆれていた。
その下に立って、詩織はそっと目を閉じた。
「お母さん、見てる? 私、ここまで来たよ」
涙は、もうこぼれなかった。
代わりに、小さな笑みが浮かぶ。そう、これまでのすべてが重なり、今の自分を形づくっている。悲しみも、喜びも、不安も、希望も——すべてが一枚ずつの花びらのように、胸の中で咲いている。

「ありがとう」
風が吹いた。八重桜の花びらが舞い、詩織の肩に落ちた。やわらかく、あたたかい。
それはまるで、母がそっと手を置いたような優しさだった。
そして詩織は、一歩前に踏み出した。
新しい春の音が、そこにはあった。