「ヤグルマギク」

基本情報
- 学名:Centaurea cyanus
- 和名:ヤグルマギク(矢車菊)
- 英名:Cornflower(コーンフラワー)
- 科名/属名:キク科/ヤグルマギク属
- 原産地:ヨーロッパ東南部
- 開花時期:12月~7月
- 花色:青、紫、ピンク、白など(特に青が有名)
- 草丈:30~100cmほど
- 一年草
ヤグルマギクについて

特徴
- 形状:花の形が「矢車(こいのぼりの上にある風車)」に似ていることから「矢車菊」と名付けられました。
- 育てやすさ:日当たりと風通しのよい場所を好み、初心者でも育てやすい花。
- 用途:花壇、切り花、ドライフラワーなど。ヨーロッパではブーケによく使われます。
- 象徴的な青色:鮮やかな青色の花は特に人気があり、かつては青い花の象徴的存在でした。
花言葉:「デリカシー」

ヤグルマギクの花言葉には以下のようなものがあります:
- デリカシー(繊細)
- 優雅
- 幸福感
- 教育
- 独身生活(英語圏)
「デリカシー」の由来について:
- ヤグルマギクの細かく繊細に裂けた花びらや、柔らかく上品な佇まいが、「心の機微」や「繊細な感受性」を連想させます。
- また、主張しすぎない姿と控えめな美しさが、相手の気持ちに寄り添うようなやさしさ=デリカシーを象徴すると考えられています。
ヨーロッパでは、友情や誠実さを表す花として贈られることもあり、その思いやりの心がこの花言葉に通じています。
「蒼のそばに」

五月の風が穏やかに吹き抜ける、丘の上の小さな庭園。そこには、ひときわ目を引く青い花が揺れていた。ヤグルマギク。
細かく裂けた花びらは、まるで誰かの秘密を守るように静かに風に揺れ、眩しいほどの空の色を映していた。
「やっぱり、ここが好きなんだね」
声の主は、春香。高校三年生の彼女は、放課後になると決まってこの丘にやってきては、青い花を見つめていた。花を育てていたのは、ひとつ年上の智也。近所に住む寡黙な大学生で、二人が言葉を交わすようになったのは、去年の夏のことだった。
「なんでこの花ばっかり育ててるの?」

そう聞いた春香に、智也は少し考えてから言った。
「……人の気持ちに触れる花だから、かな」
意味がよくわからなかった。でも、春香は彼の静かな声と、その後に続いた「デリカシーって、こういう花のことなんじゃないかな」という言葉が、妙に心に残った。
彼はいつも、誰かの後ろで静かに寄り添うような人だった。道に迷った観光客に地図を手渡したり、図書館で子どもが落とした本を気づかれないように棚に戻したり。派手ではないが、そっと手を差し出すような優しさを持っていた。
春香はそんな彼のことを、少しずつ、でも確かに好きになっていた。
──けれど、その気持ちを伝えることはなかった。

彼女にはわかっていた。彼は誰かに好かれることよりも、そっと誰かを支えることに価値を置いている人だということを。
春香が受験勉強に集中するため、丘へ通うのをやめようと決めたのは、ある雨の午後だった。いつものように花を見に行こうとしたとき、彼が一人で花にビニールをかけ、ぬかるんだ道を歩いていたのを見た。
びしょ濡れになりながらも、花を守ろうとする姿に、春香はそっと目を伏せた。
「この気持ちも、きっとあの青い花と一緒で、静かに咲いていればいいんだ」
翌日から春香は丘へ行かなくなった。
それから数ヶ月が経ち、春になった。

合格通知を受け取った日、春香は久しぶりに丘を訪れた。そこには、見覚えのある青い花と、一枚の手紙が風に揺れていた。
《春香さんへ
花の世話をしながら、あなたがいない季節を過ごしました。
ヤグルマギクは、そっと寄り添って咲く花です。
あなたが僕にくれた言葉や笑顔も、同じように、静かに心に咲いていました。
また会えたら、今度は僕のほうから声をかけます。》
青い花が、風の中でやさしく揺れた。
それはまるで、「今度こそ」と、春香の背中を押してくれているようだった。