「タチアオイ」

基本情報
- 学名:Alcea rosea
- 英名:Hollyhock(ホリーホック)
- 科名/属名:アオイ科/ビロードアオイ属
- 原産地:地中海沿岸西部地域からアジア
- 開花時期:6月〜8月(初夏〜夏)
- 草丈:1〜3メートル(高いものでは3メートル以上にも)
- 分類:多年草または二年草(園芸では一年草扱いされることも)
タチアオイについて

特徴
- 背が高くまっすぐに伸びる茎の先に、円錐状に多数の花を咲かせるのが特徴。
- 花の色は非常に多様で、赤・ピンク・白・黄色・紫・黒に近い深紅などがある。
- 一番下のつぼみから順に咲き、花がてっぺんまで咲き終わると梅雨が明けるという言い伝えがある。
- 日本では江戸時代から栽培されている伝統的な園芸植物。
花言葉:「野望」

タチアオイの花言葉には複数ありますが、その中でも特に有名なのが「野望」です。この花言葉の由来には以下のような理由が考えられています:
◎ 背の高い成長姿勢
- タチアオイはまっすぐ天に向かって1メートル〜3メートル近くも伸びるため、その姿が「上昇志向」「目標に向かって突き進む野心」を連想させます。
◎ 段階的に上に咲いていく花
- 下から順に花を咲かせ、徐々に上を目指して開花していく姿は、段階を踏んで目標に到達しようとする努力や「野望」にも見えます。
◎ 古来の象徴的イメージ
- 中世ヨーロッパでは神聖な植物とされ、聖職者の庭や修道院に植えられていたこともあり、「理想の実現を求める精神」といった解釈もあります。
「花は野望の先に咲く」

祖父の庭には、毎年、初夏になるとタチアオイが咲き誇った。背の高い茎を天に向けてまっすぐに伸ばし、下から上へと段階的に花を咲かせていくその姿は、まるで何かを目指して這い上がる人のように見えた。
祖父は若いころ、地方の寒村から出て、苦労の末に小さな製材所を立ち上げた。学もなく、後ろ盾もなく、それでも「町で一番の工場を作るんだ」と言い続けていたらしい。
「周りはバカにしたさ。だがな、あの花を見てみろ。誰が咲けって言った? 誰も言っちゃいない。それでも、天を目指すように咲くだろう」

祖父の話を聞きながら、私は子どもながらにそのタチアオイに恐れにも似た敬意を抱いた。綺麗で、でも力強くて、決して甘くない花だった。
年月が過ぎ、祖父は亡くなり、私は東京で会社勤めをするようになった。忙しい日々に追われ、祖父の言葉も花の姿も、記憶の片隅に埋もれていった。
ある年の初夏、ふと田舎の家を訪れると、庭の一角にタチアオイが咲いていた。世話する人もいないはずなのに、まるで意志をもって咲いているかのようだった。

「花は下から順に咲くんだ。てっぺんまで咲いたら、梅雨が明ける」
そう祖父は言っていた。私はその花のてっぺんを見上げ、ふと胸の奥に疼くものを感じた。
会社では昇進の話が出ていた。でも、そのためには部下を切り捨て、上の意向に逆らわず、己を押し殺していかねばならなかった。自分が何のために働いているのか、何を目指していたのか、わからなくなっていた。
「上に咲くには、下を踏まなきゃいけないんですかね」
私はつぶやいた。すると、風に揺れるタチアオイの花がカサリと音を立てた。
いいや、違う。段階を踏んで、一歩ずつ、咲いていく。足元をしっかりと広げて、陽を浴びて、水を吸って、ようやく上へと届く。

それが、祖父の言う「野望」だったのではないかと思った。周囲の雑音に負けず、自分の信じた理想に向かって伸びること。それは誰かを踏み台にすることでも、無理に自分を押し殺すことでもない。
私はその年、昇進の話を断った。そして、同僚と一緒に小さな起業をした。やりたいことがあった。作りたいものがあった。それは無謀かもしれない。でも、あの花のように、ゆっくりでも、上を目指して咲いてみようと思ったのだ。
数年後、庭にタチアオイの苗を植えた。まだ背は低く、花も咲かない。でもいい。あの花が咲くまで、私は上を見続けていたい。
【あとがき】
この短編は、タチアオイの「野望」という花言葉の背景にある
- 上へ向かう成長姿勢
- 段階的な開花
- 理想を求める力
を、主人公の人生と重ね合わせて描いた物語です。