「ハス」

基本情報
- 学名:Nelumbo nucifera
- 科名:ハス科
- 原産地:熱帯~温帯アジア、オーストラリア北部(ヌシフェラ種)、北アメリカ(ルテア種)
- 開花時期:7月~9月(夏の花)
- 花色:ピンク、白、稀に黄色
- 生育環境:池や沼などの水辺・浅い水中
- 分類:多年性水生植物
ハスについて

特徴
- 泥の中から咲く花
ハスは泥水の中に根を張りながらも、水面にまっすぐ茎を伸ばし、美しく大きな花を咲かせます。その姿は、汚れた環境にありながらも決して染まらず、凛とした美しさを持っています。 - 大きな葉と花
丸くて大きな葉が特徴的で、水を弾く様子から“ロータス効果”という撥水現象の語源にもなっています。花は直径20cmほどにまで成長することもあります。 - 宗教や文化との深い結びつき
仏教では非常に神聖な花とされ、仏像がハスの台座に座っている姿(蓮華座)が多く見られます。インドではヒンドゥー教や仏教の象徴でもあり、「悟り」「輪廻」「再生」の象徴です。
花言葉:「清らかな心」

「清らかな心(Purity of Heart)」という花言葉は、ハスの生態的な特徴と宗教的象徴性の両面から生まれています。
1. 泥に染まらず咲くという清らかさ
ハスは、泥沼という汚れた環境の中にあっても、美しく純白のような花を咲かせます。この姿が、人間にとっての理想的な「周囲に流されず、自分の美しさや信念を保ち続ける」というイメージと重なります。
2. 仏教での“浄化”や“悟り”の象徴
仏教では、ハスの花は“清浄”を意味する重要なシンボルです。仏陀の悟りや仏性の象徴として扱われ、人間の煩悩を超えた「清らかな心」を体現する存在とされています。
3. 朝に咲いて夕に閉じる儚さも
ハスの花は朝に開き、午後になると閉じ、数日間それを繰り返して散っていきます。その儚い美しさもまた、余計な執着を持たず、静かに咲く「清らかな心」を象徴しているのです。
「泥に咲く花」

母の葬儀の日、奈緒は久しぶりに実家の池を訪れた。夏の陽射しが強く照りつける中、水面にはいくつもの蓮の花が静かに開いていた。濁った水の中から伸びた茎の先に、透き通るような淡いピンクの花が咲いている。その姿を見た瞬間、彼女の胸に、子どもの頃のある情景が蘇った。
「奈緒、この花、なんて名前か知ってる?」
小さな頃、手をつないで池のほとりを歩いたあの日。母はそう言って微笑んだ。
「ハス、だよね?」
「そう。泥の中から咲くんだけどね、泥に染まらないの。不思議だと思わない?」

幼かった奈緒には、何が不思議なのか、正直よくわからなかった。ただ、母がその花をじっと見つめる横顔がとても穏やかだったことを覚えている。
「人もね、そうありたいの。どんなに苦しい環境にいても、心は清らかでいたい。そういう意味で、この花には“清らかな心”っていう花言葉があるんだよ」
あれから20年。奈緒はずっと都会で働き、母とは何度もすれ違った。価値観の違い、進路のことでの口論、介護の押しつけ合い――清らかな心なんて、いつの間にか忘れていた。

しかし、今こうしてハスの花を目の前にしてみると、不思議なことに、母の言葉がまっすぐ胸に届いた。
母の人生は決して平坦ではなかった。若くして夫を亡くし、女手一つで奈緒を育て上げた。近所の噂、親戚の冷たい視線、貧しさ――そのすべてを母は引き受けながらも、決して誰かを恨むことなく、どこか澄んだ眼差しで生きていた。
「泥より出でて、泥に染まらず」
その言葉の意味が、ようやく理解できた気がした。

池のそばにしゃがみこみ、奈緒はそっと水面に指を伸ばした。濁った水の底は見えない。でも、そこから生まれるものが、こんなにも美しいのなら――。
「ごめんね、お母さん。もっと早くに、気づけばよかった」
ぽろりと涙が落ち、静かに波紋が広がった。けれどその涙すら、今の彼女には清められていくような気がした。
その日、奈緒は一輪のハスを抱えて帰路についた。自分もまた、どんな場所にいても、心のどこかに清らかさを灯していたい――そんな願いとともに。