「シオン」

基本情報
- 和名:シオン(紫苑)
- 学名:Aster tataricus
- 英名:Tatarian aster
- 科属:キク科・シオン属
- 原産地:日本、東アジア
- 開花期:9月~10月
- 草丈:1~2mほどに育つ多年草
- 利用:観賞用だけでなく、根は生薬(紫苑:しおん)として咳止め・去痰薬に使われる。
シオンについて

特徴
- 花の姿:淡い紫色の舌状花と、黄色の筒状花を持つ、菊に似た花を咲かせる。花は直径3~4cmほどで、茎の先端に多数つく。
- 葉:長楕円形で厚みがあり、下部の葉は大きく、上に行くほど小さくなる。
- 草姿:まっすぐに高く伸びる茎の先に、群れ咲くように花をつける。すっきりとした立ち姿だが、風に揺れると少し儚げに見える。
- 性質:丈夫で育てやすく、日当たりと水はけの良い場所を好む。切り花にしても長持ちする。
花言葉:「ためらい」

由来
- 紫苑の花は、満開になってもどこか控えめで、はっきりと開ききらない印象を与える。その遠慮がちな咲き方から、「ためらい」という花言葉がつけられた。
- また、花びらは繊細に細く広がるが、重なり合って揺れる姿が、思いを伝えたいのに口にできずに揺らぐ心を連想させる。
- 日本では古くから和歌や物語にも登場し、**「言い出せない恋心」や「控えめな心情」**の象徴として描かれてきたことも、この花言葉に重なっている。
「紫苑のためらい」

夏の名残をひきずる風が、山裾の道を渡っていく。
紗英は祖母の古い家の庭に立ち、揺れる紫苑の群れを見つめていた。
――どうして、こんなときに。
胸の奥がざわつく。幼なじみの翔が来月、遠い街へ引っ越すことを知ったのは昨日のことだった。
別れの言葉を口にすべきなのに、会えば笑ってしまい、肝心な想いは喉の奥で渦を巻くばかり。
紫苑は満開に咲いているはずなのに、どこか控えめで、花弁を広げきらない。淡い紫が幾重にも重なり合い、風に吹かれて小さく揺れている。その姿が、紗英には自分の心そのもののように映った。

「ためらい……」
思わず声に出す。かつて祖母が教えてくれた花言葉が蘇る。
――この花は、思いを伝えたいのに言えない心を映すんだよ。
紫苑の群れの向こう、木戸を押して翔が入ってきた。白いシャツに汗がにじんでいる。
「おばさんから栗もらった。ほら」
差し出された袋を受け取りながら、紗英は視線を合わせられない。口を開けば、涙が零れてしまいそうだった。
庭の端で、翔も紫苑を見ていた。
「小さい頃さ、この花の蜜を吸おうとして、蜂に追いかけられたの覚えてる?」
「……覚えてるよ」
思わず笑ってしまい、二人の間にやわらかな空気が流れる。けれどその優しさが、かえって紗英を苦しめた。

伝えなきゃ。
でも――。
風に揺れる紫苑の花弁が、彼女の心を映すように震えていた。
翔は、まるで心を見透かすように静かに言った。
「紗英、俺……ずっと言えなかったことがある」
驚いて顔を上げると、彼の目が真っ直ぐにこちらを射抜いていた。
「離れても、おまえのこと忘れない。ずっと、大事な人だから」
胸が熱くなった。言葉は喉で絡まり、涙で視界が滲む。紫苑の花が揺れて、空気そのものがやさしく震えているようだった。

「……私も」
ためらいながら、それでも声を絞り出す。
「私も、同じ気持ち。ずっと言えなかったけど」
翔は少し驚いたように、そして安堵したように笑った。ふたりの間を吹き抜ける風が、紫苑の群れを大きく揺らした。
言えなかった想いは、花に重ねて咲き続けていた。
ためらいの果てにようやく零れ落ちた言葉は、紫苑の紫のように淡く、けれど確かな色を持って、二人の心を結んでいった。