「ナスタチウム」

基本情報
- 学名:Tropaeolum majus
- 科属:ノウゼンハレン科・ノウゼンハレン属
- 原産地:ペルー、コロンビア
- 別名:ノウゼンハレン(凌霄葉蓮)、インディアンクレス(葉や花を食用にできるため)
- 草丈:20~40cmほどの匍匐性またはつる性の一年草
- 開花期:4月下旬~7月、9月~11月上旬
- 用途:観賞用だけでなく、エディブルフラワーとして料理に利用される。葉や花はピリッとしたクレソン風の味。
ナスタチウムについて

特徴
- 花の色:赤、黄、オレンジなど鮮やかな暖色系が多い。
- 葉の形:丸くてハスの葉に似ており、雨粒をコロコロとはじく性質を持つ。
- 生育:丈夫で育てやすく、鉢植えや花壇、吊り鉢などでも楽しめる。
- 食用性:花・葉・種子のすべてが食用可能。サラダや飾り付けに使われる。
花言葉:「愛国心」

由来
ナスタチウムに与えられた花言葉のひとつが「愛国心」です。これには以下のような背景があります。
- 花の色と戦いの象徴
ナスタチウムの赤やオレンジの鮮やかな花は、炎や血を連想させ、勇気や戦いを象徴する色とされてきました。
そのため「祖国のために戦う精神=愛国心」と結びつけられました。 - 学名 Tropaeolum の由来
ギリシャ語の「tropaion(戦勝記念碑)」に由来します。
古代の戦場で、敵兵の武具を木に掛けて勝利を示した習慣があり、ナスタチウムの丸い葉が盾、赤い花が血や勝利の象徴に見立てられました。 - 西洋文化での解釈
ナスタチウムはヨーロッパに伝わったとき、勇敢さや祖国を守る強さを象徴する花と受け止められました。その延長で「愛国心」という花言葉が与えられたとされています。
「ナスタチウムの盾」

戦火の匂いがまだ町の空に残っていた。
青年トマスは、祖父の庭に咲くオレンジ色の花をじっと見つめていた。丸い葉の上に雨粒が転がり、陽の光を受けて輝く。
「これはナスタチウムというんだ」
少年のころ、祖父が教えてくれた言葉を思い出す。
「丸い葉は兵士の盾、赤い花は流された血。それでもなお咲き誇る姿は、国を守る心の証なんだよ」

祖父は戦争を生き延びた人だった。武器を持たずとも、人の心を守るものがあると語っていた。その象徴が、この花だった。
トマスは町の広場に向かう。広場の中心には古い戦勝記念碑が立っていた。かつての戦いで倒れた人々の名が刻まれている。だが人々の心から「愛国心」という言葉は、いつしか重たく、痛みを伴う響きを持つようになっていた。
「祖国のために」と叫ぶたび、誰かが戦場に消えていったからだ。

トマスもその言葉を嫌っていた。愛国心とは人を縛る鎖にすぎないとさえ思っていた。だが祖父が世を去った日、墓前に手向けられたのは、一輪のナスタチウムだった。赤く燃えるような花は、ただ犠牲を語るのではなく、どこか優しい温もりを宿していた。
その花を見たとき、トマスは初めて気づいた。
――愛国心とは戦うことだけを意味するのではない。
家族を想い、町を想い、暮らしを守ろうとする静かな意志。それもまた「祖国を愛する心」なのだと。

広場に立つトマスの手の中には、祖父の庭から摘んできたナスタチウムがある。人々はそれに気づき、次々に花を持ち寄った。黄色、赤、オレンジの花が石碑の前に積み重なっていく。誰も声を上げず、ただ花を置き、祈りを捧げる。
ナスタチウムの鮮やかな色彩が、かつての血の記憶をやわらげ、同時に未来への灯火のように広場を照らした。
トマスはそっとつぶやいた。
「祖父さん、愛国心って、こういうことなんだね」
盾のような葉の下で、赤い花が揺れる。風に舞うその姿は、戦いを超えてなお人を結びつける誓いの証だった。