8月9日は長崎の平和の日です
1945年8月9日午前11時02分、米軍のB29爆撃機が原子原爆を投下し、長崎市松山町500m上空で爆発しました。
核兵器の廃絶と世界平和
広島に続き2度目の原子爆弾で、当時の長崎市の人口24万人のうち推定、約7万4千人の市民が死亡しました。長崎市は、この日を「ながさき平和の日」として原爆犠牲者慰霊平和祈念式を行い、核兵器の廃絶と世界平和の実現を訴え続けています。
平和祈念像
長崎市には、平和への願いを象徴する高さ9.7メートル、重さ30トン、青銅製の平和祈念像があります。制作者の西望氏は、この像を神の愛と仏の慈悲を象徴として、天を指した右手は「原爆の脅威」を、水平に伸ばした左手は「平和」を、軽く閉じた瞼は「原爆犠牲者の冥福を祈る」という想いを込めているそうです。
平和の泉
1945年8月9日、長崎は原爆のため体内まで焼けただれた被爆者が「水を…」「水を…」とうめき叫びながら亡くなっていきました。その痛ましい霊に水を捧げ、めい福を祈り、世界平和を願うため、核兵器禁止世界平和建設国民会議と長崎市は、全国からの浄財を基として「平和の泉」を建設しています。
核兵器の廃絶を願って
広島と長崎に原子爆弾が投下されて、75年が経ちます。戦後直ぐに生まれても既に70歳を越えています。当時のことを知るものは、今ではほとんどいません。平和であることの有り難みを忘れ、また同じ過ちを繰り返さないよう、戦争を知らない我々が、後を継ぐ人達に正しい道を伝えていきたいと思います。
「日本の侵略行為の報い」「独善的でうんざりだ」
2024年の8月9日「長崎平和の日」、イスラエル政府の元高官ののように「日本の侵略行為の報い」、犠牲者らを悼む両市の平和式典は「独善的でうんざりだ」という考えを持った人がいるようですが、もともとそういう意味でこの式典が開催されるのではなく、もう二度と罪のない民間人の犠牲が無いようにという意味だと思っています。