「サザンカ」

基本情報
- 学名:Camellia sasanqua
- 科名:ツバキ科
- 分類:常緑広葉樹(小高木)
- 原産:日本(本州南部〜沖縄)
- 開花期:10月〜12月(秋〜冬)
- 花色:白、桃、赤、絞りなど
- 別名:カタシ(刈安)、茶梅(チャバイ)
サザンカについて

特徴
- ツバキよりもやや小さめの花を咲かせ、花びらが一枚ずつ散るのが特徴。
- 甘い香りを持つ品種が多く、冬の庭に香りを添える。
- 寒さに強く、冬にも花を咲かせ続ける生命力がある。
- 葉は小さく硬めで、縁に細かな鋸歯がある(ツバキとの大きな違い)。
- 生垣としても利用され、風に強く、育てやすい。
- 厳しい冬の時期に虫や鳥たちの貴重な蜜源となる。
花言葉:「ひたむきな愛」

由来
- 冬の寒さにも負けず、長い期間ずっと咲き続ける姿から
→ ひとりの相手を思い続けるような「ひたむきさ」を連想したため。 - 花びらが一枚ずつ静かに散る様子が、
→ 静かで控えめだが、揺るがない愛情を思わせたため。 - 冬の庭に明るい色を添え、周囲をそっと支えるように咲く姿から
→ 健気でまっすぐな愛の象徴とされた。
「冬に灯る花」

初雪が降った朝、紗耶は庭に出た。白い息を吐きながら、指先でそっとサザンカの花びらに触れる。冬の冷たい空気の中でも、その花はほんのりと温かさを宿しているように見えた。
「……今年も、咲いてくれたんだね」
小さくつぶやくと、花へ向けた声が雪に吸い込まれていく。サザンカは、まるで紗耶の言葉に応えるように、風に揺れてかすかな香りをこぼした。
この家に戻ってきたのは、三年ぶりだった。仕事に追われる毎日で、季節の移ろいを感じる余裕すらなかった。けれど一週間前、ふと思ったのだ。
――あの花は、今年も咲いているだろうか。

サザンカは、紗耶が祖母と一緒に植えた花だった。寒い冬でも花をつけるその力強さを、祖母は「ひたむきさ」と呼んでいた。
「どんな季節でもね、人は支えてくれる誰かがいるだけで、咲けるんだよ」
祖母の言葉はやわらかくて、温かくて、雪が積もる庭先に何度も蘇った。
その祖母が亡くなって三度目の冬。帰ってくるたびに花は変わらず咲いていて、紗耶は胸がぎゅっと痛くなる。あの日、自分は祖母の最期に間に合わなかった。
「仕事が落ち着いたら必ず行く」と言いながら、ずっと先延ばしにしてしまった。
サザンカの花びらが一枚、雪の上に落ちた。小さくて、あまりに静かで、凛としている。花は潔く散るのではなく、一枚ずつ丁寧に、見守るように地面へ降りていく。
紗耶は思わず膝をつき、その花びらを拾い上げた。

「……おばあちゃん、ごめんね」
言葉にした瞬間、張り詰めていた胸の奥がほどけていくようだった。雪は静かに降り続き、景色はどんどん白く染まっていく。
そのとき、ふと気づいた。冷たいはずの冬の庭に、ほんのりと明るさがある。赤や桃色のサザンカの花が、小さな灯りのように点々と咲いているのだ。
祖母はいつも言っていた。
「冬の花はね、人を励ますために咲くんだよ。寒さをわかっているからこそ、そっと寄り添うの」
紗耶は掌の中の花びらを見つめる。
ひたむきに咲き続ける姿。
静けさの中で落ちる花びら。
そして、冬の庭に色を与える健気さ。

――サザンカは、まるで祖母のようだ。
「私、やっとわかったよ。おばあちゃんの言ってたこと」
涙が頬を伝う。けれどその涙は、どこか温かかった。
祖母はもういない。けれど、残してくれたいくつもの言葉も、過ごした時間も、この花も――ひとつも消えていない。
紗耶は立ち上がり、ゆっくりとサザンカの前にしゃがんだ。
「来年も、また会いに来るね」
雪の中、サザンカの花が揺れた。まるで「忘れないで」と伝えるように。
しかし、紗耶はもう知っている。
忘れないのは自分のほうだ。
ひたむきに咲く花のように、祖母への想いは胸の奥で静かに息づき続けている。
冬の庭で、小さな色が灯っていた。
それは失われたものではなく、受け継がれ、そっと寄り添うように残り続ける“愛”の形だった。