「ミカン」

基本情報
- 学名:Citrus unshiu(ウンシュウミカン)、C.reticulate(ポンカン)、C.kinokuni(キシュウミカン)
- 分類:ミカン科 ミカン属
- その他の名前:温州みかん、紀州みかん、ポンカン、クネンボ(九年母)、タチバナ(橘)、コウジ(柑子)
- 原産地:中国南部〜インド北東部
- 開花時期:5月上旬~中旬
- 収穫時期:10〜2月(品種による)
- 花色:白
- 用途:果樹、観賞用(花)、食用
ミカンについて

特徴
- 丸く小ぶりな果実で、手で簡単に皮をむける
- 甘酸っぱく親しみやすい味わい
- 白い小花は可憐で、爽やかでやさしい香りを放つ
- 果実・花・葉のすべてに温かみのある印象がある
- 日本の風土や暮らしに深く根付いた果樹
花言葉:「愛らしさ」

由来
- 小さく可憐な白い花姿が、素朴で無垢な可愛らしさを連想させた
- 強く主張しないが、近づくと甘くやさしい香りを放つ点が、慎ましい魅力として捉えられた
- 丸くころんとした果実の形が、親しみやすく微笑ましい印象を与える
- 子どもから大人まで愛される果物であることから、「誰からも好かれる可愛さ」を象徴
- 日常に寄り添う存在としての温もりが、「愛らしさ」という花言葉につながった
「陽だまりの中の、やさしい丸」

庭にミカンの木がある家で育った人は、きっとその記憶を忘れない。
春になると、白くて小さな花がひっそりと咲き、近づいた人だけに、甘くやさしい香りをそっと分けてくれる。主張はしないのに、気づけば心に残る――そんな花だ。
紬は、祖母の家に久しぶりに帰ってきていた。
玄関を開けると、変わらない土の匂いと、どこか懐かしい静けさが迎えてくれる。
「裏のミカン、今年も咲いたよ」
祖母はそう言って、ゆっくりと庭へ案内した。
枝先には、指先ほどの白い花がいくつも集まっている。派手さはない。でも、風が吹いた瞬間、空気がふわりと甘くなる。
「相変わらず、控えめな花だね」

紬がそう言うと、祖母は小さく笑った。
「でもね、こういう子ほど、近くにいると可愛いもんよ」
確かに、離れて見れば目立たない。けれど、しゃがみ込んで覗き込むと、花びらの白さや中心の淡い黄色がとても愛らしい。
自分から目立とうとしないのに、気づいた人の心をそっと掴んで離さない。
紬は、都会での生活を思い出していた。
成果を出すこと、声を上げること、存在を示すこと。いつの間にか、それが当たり前になっていた。
静かにしていると、置いていかれるような気がして。

「昔はね、冬になると、このミカンをこたつで食べたの」
祖母は木を見上げながら言った。
「丸くて、ころんとしてて。特別じゃないけど、みんなが自然と手を伸ばす。あれも、この木の可愛さだと思うのよ」
紬は頷いた。
ミカンは、誰かに誇る果物ではない。
でも、子どもから大人まで、気づけば笑顔になっている。
それは、無理をしない可愛さ。
背伸びをしない魅力。
「ねえ、おばあちゃん。可愛いって、なんだと思う?」
ふと浮かんだ問いを、紬は口にした。
祖母は少し考え、それから庭を見渡した。
「誰かの生活に、自然に溶け込めることじゃないかしら」
その言葉に、胸の奥が静かに温かくなった。

ミカンの花は、誰かに見せるために咲いているわけではない。
ただ、季節が巡れば咲き、香りを放ち、実を結ぶ。
その当たり前が、人の心に寄り添う。
紬は枝にそっと触れた。
花は小さく、壊れそうなのに、そこには確かな生命があった。
「愛らしい、ってこういうことかもしれないね」
思わずこぼれた言葉に、祖母は何も言わず、ただ微笑んだ。
夕方、庭に差し込む光の中で、白い花はほとんど目立たなくなっていた。
それでも、紬は確かに感じていた。
日常の中で、気づけばそばにある温もりを。
派手でなくてもいい。
誰かの心をそっと和ませる存在でいられたなら。
ミカンの花は、今日も静かに咲いている。
誰からも好かれる理由を、声に出さずに抱えたまま。