2月13日の誕生花「紫色のフリージア」

「紫色のフリージア」

基本情報

  • 学名:Freesia refracta など(フリージア属)
  • 科名:アヤメ科
  • 原産地:南アフリカ(主にケープ地方)
  • 開花時期:3月~5月(早春~春)
  • 草丈:20~40cmほど
  • 花の色:紫、白、黄色、赤、ピンクなど(紫は上品で落ち着いた印象)
  • 香り:甘く爽やかな芳香が強い(香水の原料にも使われる)

紫色のフリージアについて

特徴

  • 細くしなやかな花茎の片側に、穂状に花を連ねて咲く
  • 花弁は漏斗状で、中心に向かって色が濃くなることが多い
  • 切り花として人気が高く、花持ちも比較的良い
  • 春の光に映える透明感のある花色
  • 紫色は特に落ち着きと気品を感じさせる色合い


花言葉:「憧れ」

由来

  • すっと伸びた花姿が、遠くを見つめるように見えることから
  • 甘く上品な香りが、手の届かない理想や夢を連想させたため
  • 紫という色が、古来より高貴さや理想、気高さの象徴とされてきたため
  • 片側に整然と並んで咲く姿が、目標へ向かうまなざしを思わせたことから
  • 春の始まりに咲き、まだ見ぬ未来への期待や願いと結びついたため


「紫の先にあるもの」

 三月の終わり、駅前の花屋の前で、私は足を止めた。

 まだ空気は冷たいのに、店先には春の色があふれている。チューリップ、スイートピー、ラナンキュラス。その中で、ひときわ静かに目を引いたのが、紫色のフリージアだった。

 すっと伸びた細い花茎。その先に、片側へ整然と並ぶ花。まるで遠くを見つめているかのように、同じ方向へ顔を向けている。

 ——憧れ。

 小さな札にそう書かれていた。

 私は思わず苦笑する。憧れ、という言葉は、もう自分には似合わない気がしていた。新しい夢を語るには歳を重ねすぎ、かといって何かを成し遂げたわけでもない。ただ日々をやり過ごしているだけの自分に、その言葉はどこか眩しかった。

 それでも、紫の花から目を離せなかった。

 紫は、特別な色だ。幼いころ、祖母がそう言っていた。昔は身分の高い人しか身につけられなかった色なのだと。気高さと、理想と、少しの寂しさを含んだ色。

 花に顔を近づけると、甘く上品な香りがふわりと広がった。重くない。けれど確かにそこにある。鼻先をかすめ、胸の奥へ静かに届く。

 その香りは、不思議と記憶ではなく、未来を思わせた。

 まだ触れたことのない場所。まだ会ったことのない自分。手を伸ばせば届きそうで、けれど確信は持てない何か。

 学生のころ、私は建築家になりたいと思っていた。街の景色を変えるような建物をつくりたいと、本気で信じていた。夜遅くまで図面を引き、模型を作り、眠い目をこすりながら朝を迎えた。

 けれど現実は、思ったよりも複雑で、遠かった。

 卒業後、設計事務所に入ったものの、任されるのは修正と雑務ばかり。理想は、締め切りと予算に削られ、形を失っていった。やがて私は転職し、今は不動産会社で図面の確認をする仕事をしている。

 悪くはない。安定しているし、評価もそれなりだ。

 ただ、憧れと呼べるものは、いつの間にか棚の奥にしまい込まれていた。

 フリージアの花は、そんな私を知っているかのように、同じ方向を見つめ続けている。片側に整然と並ぶ花々は、まるで一つの目標へ向かうまなざしのようだった。

 揃っているのに、押しつけがましくない。競うでもなく、ただ静かに、光のほうへ向いている。

 春の始まりに咲く花。

 まだ風は冷たい。けれど、確かに季節は動いている。その途中に、そっと咲く。

 ——まだ見ぬ未来への期待。

 そんな言葉が、胸の奥に浮かんだ。

 私は店に入り、紫のフリージアを一本だけ買った。花束にする勇気はなかった。ただ一本。細く、頼りなく、それでいて凛とした一本。

 部屋の窓辺に飾ると、夕方の光が花弁を透かした。紫は、光を受けるとやわらかく、どこか透明になる。濃いはずの色が、淡くほどけていく。

 香りが、静かに部屋に広がる。

 私は机の引き出しを開けた。奥にしまってあった古いスケッチブックを取り出す。最後のページは、五年前で止まっていた。未完成の立面図。途中で投げ出した線。

 ページをめくる指が、少し震えた。

 今さら、何になるのだろう。そう思う気持ちもある。けれど、それ以上に、何もしないまま時間が過ぎていくことのほうが怖かった。

 憧れは、必ずしも叶えるためだけのものではないのかもしれない。

 遠くを見つめるためのもの。理想がある方向を、忘れないための灯り。

 フリージアは、すっと伸びた姿で、ただ前を向いている。届くかどうかは語らない。ただ、向くことをやめない。

 私は鉛筆を手に取った。

 真っ白なページに、一本の線を引く。思ったよりも、手は覚えていた。線は、少し歪みながらも、確かに前へ伸びていく。

 甘い香りが、背中を押す。

 手の届かない理想や夢は、触れられないからこそ、美しいのかもしれない。けれど、触れようとすることまで諦める必要はない。

 窓の外では、夕暮れが街を紫に染めている。空と花の色が、どこかで重なって見えた。

 憧れは、遠くにあるものではなく、向き続ける姿勢の中にあるのだろう。

 紫のフリージアは、今日も静かに咲いている。

 その先に何があるのか、まだ分からない。けれど、私はもう一度、遠くを見つめてみようと思う。

 すっと伸びた花のように。

 光のほうへ。

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