「ロウバイ」

基本情報
- 学名:Chimonanthus praecox
- 分類:ロウバイ科 ロウバイ属
- 原産地:中国
- 開花時期:12月〜2月
- 花色:淡い黄色(中心部が紫褐色のものが多い)
- 樹形:落葉低木
- 用途:庭木、切り花、観賞用
ロウバイについて

特徴
- 冬の寒さの中で葉のない枝に花を咲かせる
- 花びらが蝋細工のように透き通り、光を柔らかく通す
- 強く主張しないが、近づくと甘く上品な香りが広がる
- 小ぶりで控えめな花姿ながら、季節を知らせる存在感がある
- 寒風の中でも凛と咲く、静かな強さを持つ
花言葉:「奥ゆかしさ」

由来
- 派手さを抑えた淡黄色の花色が、控えめで慎ましい印象を与えた
- 花の大きさや姿が主張せず、枝先でそっと咲く様子が「奥ゆかしい振る舞い」を連想
- 香りが遠くまで主張せず、近づいた人にだけ静かに伝わる点が、内に秘めた美しさの象徴とされた
- 冬の静けさの中でひっそりと咲くことが、目立とうとしない品格として捉えられた
- 見せびらかさず、気づいた人だけに美を差し出す姿が「奥ゆかしさ」という花言葉につながった
「静かな香りのゆくえ」

冬の庭は、音が少ない。
葉を落とした木々が並び、色彩も輪郭も削ぎ落とされた世界の中で、ひときわ控えめに咲く花があった。
ロウバイ――淡い黄色の、小さな花。
美緒はコートの襟を立て、祖母の家の庭に足を踏み入れた。
祖母が亡くなってから、ここを訪れるのは久しぶりだった。手入れの行き届かない庭は、少し荒れている。それでも、冬の空気は澄んでいて、どこか懐かしい匂いがした。
「……咲いてる」
枝先に、透き通るような黄色が点々と灯っている。
近づくまで、そこに花があることさえ気づかなかった。けれど、一歩、また一歩と距離を縮めるにつれ、やわらかな香りが鼻先に届く。

強くはない。
主張もしない。
ただ、気づいた人にだけ、そっと伝わる香り。
祖母は、この花が好きだった。
――ロウバイはね、自分から目立とうとしないの。でも、ちゃんと美しいでしょう?
そう言って、祖母はよく微笑んでいた。
美緒はその笑顔を、今もはっきりと思い出せる。
祖母は、派手な人ではなかった。
声を荒げることも、自分の意見を強く押し通すこともない。
それでも、誰かが困っているときには、黙って手を差し伸べる人だった。
美緒は長女として育ち、いつの間にか「しっかり者」であることを求められてきた。
声を上げる人の影で、調整役に回ることが多かった。
評価されることもある。けれど、ふとした瞬間に思う。

――私は、ちゃんと見てもらえているのだろうか。
ロウバイの花は、小ぶりで、枝の端にひっそりと咲いている。
遠目には、ほとんど風景に溶け込んでしまうほどだ。
けれど、近くで見れば、花びらは蝋細工のように繊細で、冬の光をやさしく受け止めている。
「奥ゆかしい、って……」
美緒は、小さく呟いた。
目立たないこと。
控えめであること。
それは、弱さなのだろうか。
香りは、相変わらず静かだった。
風に乗って広がることもなく、ただ、この花のそばにいる間だけ、そっと寄り添う。
祖母の言葉が、胸の奥で重なる。
――大切なものほど、声を張り上げないのよ。
冬の静けさの中で咲くロウバイは、誰かに見せびらかすために存在しているわけではない。
ただ、自分の季節が来たから咲き、香りを放ち、やがて静かに散っていく。

それでも、その姿に気づいた人の心には、確かに何かを残す。
美緒は枝先に触れようとして、やめた。
花は、触れずとも十分に伝わってくる。
見せびらかさない美しさ。
気づいた人にだけ差し出される、静かな誠意。
それは、祖母の生き方そのものだったのかもしれない。
庭を出るころ、ふと振り返ると、ロウバイは相変わらずそこにあった。
淡黄色の花は、冬の空気に溶け込みながら、確かに咲いている。
――私も、これでいい。
そう思えたのは、初めてだった。
声高に主張しなくてもいい。
誰より目立たなくてもいい。
自分の場所で、静かに、誠実に在ること。
ロウバイは、今日もひっそりと香っている。
奥ゆかしさという名の強さを、何も語らずに。