「チョコレートコスモス」

基本情報
- 和名:チョコレートコスモス
- 学名:Cosmos atrosanguineus
- 科名/属名:キク科/コスモス属
- 原産地:メキシコ
- 開花時期:5月〜11月(主に夏〜秋)
- 分類:多年草(寒さに弱く、日本では一年草扱いされることも)
- 花色:濃い赤褐色〜黒紫色
- 香り:チョコレートのような甘い香り(特にバニラやカカオに似た香り)
チョコレートコスモスについて

特徴
- 花径は約4〜5cmとやや小ぶりで、深みのあるダークブラウン系の色合いが特徴。
- 花びらはビロードのような質感で、高級感や落ち着いた印象を与える。
- 同じコスモス属でも、一般的なコスモス(秋桜)よりも落ち着いた色調で、大人っぽい雰囲気を持つ。
- 夕方や気温の高い時間帯に特に香りが強くなる。
- 花持ちがよく、切り花やガーデン装飾にも人気。
- 種子では増えにくく、地下茎や株分けによって増やすのが一般的。
花言葉:「心変わり」

由来
- チョコレートコスモスは、チョコレート色の花びらが時間とともに微妙に色合いを変える性質がある。
→ 深紅から黒紫、または赤褐色へと変化していく姿が「心が移ろう様子」を連想させた。 - また、同じ「コスモス」の仲間でありながら、一般的な明るいコスモスとはまったく異なる**“異色の存在”**であることも、「気持ちが変わった」「他とは違う魅力に惹かれる」といった意味合いにつながっている。
- 甘い香りを放ちながらも、どこか儚げな印象を持つことから、「恋心が移りゆく」「愛の熱が冷めていく」といった恋愛の変化を象徴する花としても解釈されている。
「変わりゆく色の中で」

放課後の温室には、夕陽が斜めに差し込んでいた。
チョコレートのような甘い香りが漂う中、紗英はそっと花びらに指を伸ばした。
黒紫に近いその色は、昨日よりも少しだけ赤みを帯びている気がした。
「……本当に、不思議な花」
隣で水やりをしていた亮が顔を上げる。
「チョコレートコスモスって、名前からしておいしそうだよな」
「食べちゃダメだよ」
笑い合う声が、温室の中でやわらかく響いた。

この花を育て始めたのは、文化祭での展示のためだった。
クラスの誰もが明るいピンクや黄色のコスモスを選ぶ中、紗英だけがこの深い色の花に惹かれた。
その理由を聞かれたとき、彼女は答えられなかった。
ただ——どこか自分に似ていると思ったのだ。
「ねえ、亮。コスモスって“調和”とか“優美”とか、そういう花言葉が多いんだって」
「へえ、意外だな」
「でも、このチョコレートコスモスだけ、“心変わり”なんだって」
亮はじっと花を見つめた。
「心変わり、か……なんか切ないな」
「うん。でも、悪いことばかりじゃない気がする」
「どういう意味?」
「色が変わるってことは、生きてるってこと。止まってないってことだから」

そのとき、温室の外から風が吹き込み、花が小さく揺れた。
陽の光が差し込む角度が変わり、花びらは黒から赤へ、そしてまた褐色へと、わずかに色を変えていく。
まるで、呼吸をしているようだった。
紗英はその変化を見つめながら、胸の奥が少し痛んだ。
——彼への気持ちも、こうして少しずつ変わっていくのだろうか。
初めて彼に惹かれたのは、たぶん春。
桜の下で、偶然手を貸してくれたとき。
その手の温かさを、ずっと覚えていた。
でも、夏が過ぎ、秋が深まるにつれて、彼の笑顔を見るたびに、どこか胸がざわつくようになった。
「亮、来年はどんな花を育てたい?」
「うーん、やっぱり向日葵かな。まっすぐで、元気なやつ」
「そうだね……亮っぽい」
「紗英は?」
彼の問いに、紗英は少し考えてから答えた。
「また、この花がいい」
「チョコレートコスモス?」
「うん。変わっていく色を、ちゃんと見届けてみたいから」
その言葉に、亮は小さく笑った。
けれど、紗英の胸の中では、違う意味が静かに芽生えていた。
自分の心も、きっと変わっていく。
彼への想いも、時間の中で形を変えるかもしれない。
けれど、それを恐れずに見つめていたい。
変わることを、悲しみではなく、命の証として受け止めたい——。
夕陽が完全に沈むころ、花びらは深い黒紫に染まった。
温室を出ると、空には一番星が瞬いていた。
紗英は振り返り、最後にもう一度、花を見つめた。
その色は、今日の終わりを告げるようで、
それでいて、新しい朝を約束するようにも見えた。