「クチナシ」

基本情報
- 学名:Gardenia jasminoides
- 分類:アカネ科クチナシ属
- 原産地:本州(東海地方以西)、四国、九州、沖縄
- 開花時期:初夏(6~7月頃)
- 花の色:白(咲き始めは純白で、やがてクリーム色に変化)
- 香り:甘く強い芳香が特徴的
クチナシについて

花の特徴
- 色:純白(咲き始めは白く、徐々にクリーム色へ変化)
- 形:バラのような重なりのある花びら(八重咲きもある)
- 香り:甘く濃厚で、ジャスミンに似た芳香がある
- 咲き方:静かに咲き、花は長く保たないが香りは強く印象的
花言葉:「幸せでとてもうれしい」

クチナシの花は、甘く優雅な香りと純白の美しい姿で、見る人や香る人に幸福感を与えることから、「幸せでとてもうれしい」という花言葉がつけられました。また、初夏に咲き、静かに咲き誇る様子が、控えめながらも心を満たす喜びを象徴しているとも言われます。
「クチナシの庭で」

六月の午後、陽射しはやわらかく、風はどこか甘い匂いを運んできた。祖母の家の庭に咲くクチナシの花が、今年も静かに咲き始めたことに、私はようやく気づいた。
「今年も咲いたのね」と祖母は言った。細くなった指先で、そっと一輪に触れる。その指先には、長年土を触れてきた人だけが持つやさしさが宿っている。

私は、大学に入学してからというもの、しばらく祖母の家に顔を出していなかった。ふとした休日に思い立ち、久しぶりに訪れたこの家は、あの頃とほとんど変わらない。それでも、私の目に映るものすべてが、少しずつ色褪せて見えるのはなぜだろう。時が過ぎて、私だけが変わってしまったような気がした。
クチナシの花は、いつもこの季節に咲いた。白く、凛として、どこか寂しげで、それでいて香りはとても甘く、記憶の奥深くにまで沁みこむような匂いだった。

「クチナシにはね、言葉があるのよ」と、かつて祖母は教えてくれた。「“幸せでとてもうれしい”。静かに咲くけれど、その存在だけで人を幸せにするのよ」
あの頃は、花に言葉があるなんて信じていなかった。ただの作り話か、きれいごとのように思えていた。でも、今は違う。クチナシの香りを胸いっぱいに吸い込みながら、私は少し目を細めた。
「どうしたの?」と祖母が訊いた。
「ううん、ただ懐かしくて。小さいころ、ここで寝転んでクチナシの匂いを嗅いでたの、覚えてる」
祖母は微笑んで、縁側に腰を下ろした。「あの頃、あなたはよく言ってたわ。“このにおい、幸せのにおいがする”って」

私は思わず笑った。「そんなこと言ってたんだ?」
「言ってたのよ。だから、この庭はずっとあなたの“幸せの庭”だと思ってる」
クチナシの香りが、まるで返事のように風にのってふわりと漂ってきた。目の前の白い花が、何かを語りかけているように見えた。祖母が静かに手を添えたその花は、声を持たずとも、確かにそこにいて、私の心を満たしてくれた。
日が傾き始め、庭に長い影が落ちた。私はゆっくりと立ち上がり、祖母の隣に座った。手を伸ばし、ひとつのクチナシにそっと触れた。
「ねえ、おばあちゃん」
「なあに?」

「私、この庭を守っていこうかな。これからも、この香りに会えるように」
祖母は少し驚いた顔をして、それからゆっくりとうなずいた。「それは、とてもうれしいわ」
まるでその言葉が、花言葉そのもののように、私の胸に深く染みこんだ。
「幸せで、とてもうれしい」
クチナシの庭には、言葉では言い表せないほどの温もりがあった。それは誰かの愛や記憶に静かに寄り添いながら、まっすぐに咲いていた。