「ミソハギ」

基本情報
- 科名:ミソハギ科(Lythraceae)
- 属名:ミソハギ属(Lythrum)
- 学名:Lythrum anceps
- 別名:ボンバナ(盆花)、ショウリョウバナ(精霊花)
- 原産地:日本、東アジア一帯
- 開花時期:7月〜9月
- 花色:紅紫色、紫がかったピンク
- 生育環境:日当たりのよい湿地・川辺・田のあぜなど水辺を好む多年草
ミソハギについて

特徴
- 細長い茎の先に、小さな紅紫の花を穂状にたくさん咲かせる。
- 花が上から順に咲いていくため、咲き進む姿が繊細で美しい。
- 葉は細長く対生し、茎に沿って整然と並ぶ。
- 盆花として古くから親しまれ、お盆の供花や仏前花として欠かせない存在。
- 湿地に強く、涼しげで風情ある印象を持つ。
花言葉:「切ないほどの愛」

由来
- しっとりとした湿地に咲く姿が、静かで物思いに沈むように見えることから。
- 花が細くまっすぐに立ち、儚げに咲く様子が、叶わぬ恋や静かな愛情を連想させる。
- お盆に咲く花であるため、亡き人への思慕や哀しみを込めた愛を象徴するともいわれる。
- つまり、「切ないほどの愛」は、永遠に届かない相手を思い続ける深い愛情を表している。
「ミソハギの咲く川辺で」

八月の風は、湿った土と水の匂いを運んでくる。
真帆は川辺にしゃがみ込み、指先でミソハギの花をそっと撫でた。細い茎の先に、小さな紅紫の花がいくつも連なっている。ひとつひとつは儚いのに、集まるとまるで祈りの列のようだった。
――この花を見ると、どうしても思い出してしまう。
彼の名は蓮。高校の写真部で出会い、夏になるといつも一緒に撮影に出かけた。
蓮は水辺の風景を撮るのが好きで、真帆は花ばかりを撮っていた。
「花って、誰かを待ってるみたいだね」
そんなことを言って、彼は笑った。
あの日、川の向こうで光を見つめる横顔を、真帆は今でも鮮明に覚えている。

その夏の終わり、蓮は突然この世を去った。
事故だった。誰も悪くなかった。ただ、運が悪かったとしか言えなかった。
お盆の日、彼の家の仏前に供えられていたのは、淡い紅紫のミソハギだった。
「盆花」と呼ばれるその花を見たとき、真帆は初めて知った。
――彼が最後に撮っていた写真のフォルダ名が「Misohagi」だったことを。

翌年から、真帆は毎年、蓮が好きだった川辺に足を運ぶようになった。
湿地に差す陽光の中で、ミソハギは静かに咲いている。風が吹くたび、細い茎がかすかに揺れ、まるで誰かの心を慰めるように震えた。
花弁に触れると、ひんやりと冷たい。
その冷たさが、不思議と心を落ち着かせる。
「今年も、ちゃんと咲いてるね」
小さく呟くと、川面が光を反射してきらめいた。
――返事の代わりみたいに。

ミソハギの花言葉は「切ないほどの愛」。
湿った大地に根を張り、静かに咲き続けるその姿が、届かぬ想いを抱いた人のようだからだという。
真帆はその意味を、身に染みて知っていた。
彼がもういない現実を受け入れながら、それでも想いは消えない。
忘れようとしても、風に乗って、香りのように蘇ってしまう。
帰り際、真帆は小さな花を一輪、そっとカメラのストラップに挟んだ。
「ねえ、蓮。来年も一緒に見ようね」
そう呟く声が風に溶け、川の音に紛れた。
その瞬間、遠くで雷鳴が鳴った。
空はまだ青いのに、夏の終わりの気配が確かに漂っていた。
真帆はカメラを構え、シャッターを切った。
ファインダーの中で、紅紫の花が光を受けて揺れる。
まるで彼が、今もそこに立っているように。