「ノバラ」

基本情報
分類: バラ科バラ属(Rosa multiflora)
原産地: 日本・中国・朝鮮半島
別名: シロバラ、ノイバラ(一般的に同義で使われます)
開花時期: 5〜6月
花色: 白(または淡いピンク)
花の大きさ: 2〜3cmほどの小輪
香り: 優しく甘い香り
実: 秋には赤い小さな実(ローズヒップ)をつける
ノバラについて

特徴
ノバラは、日本の山野や道端、川沿いなどに自生するつる性の低木です。
枝には鋭いトゲがありますが、花は小さく清楚で、白い花びらが5枚。
🌼 主な特徴:
- 生命力が非常に強く、荒れ地でもよく育つ。
- 花は一重咲きで、控えめながらも清楚な美しさがある。
- 果実(ローズヒップ)は秋に赤く色づき、鳥たちの食料にもなる。
- バラの園芸品種の台木としても使われるほど丈夫。
→ 「派手さはないけれど、自然の中で健気に咲く日本の原種バラ」です。
花言葉:「素朴なかわいらしさ」

由来
ノバラの花言葉「素朴なかわいらしさ」は、その飾らない美しさと野生の優しさに由来しています。
- 園芸種のバラのように豪華ではなく、小さく清楚な花姿。
- 山や道端に咲くその姿は、まるで「自然のままの笑顔」のよう。
- 人の手が入らなくても、自分の場所で静かに咲く。
この姿が「素朴だけれど、心を和ませる可愛らしさ」と感じられたことから、
「素朴なかわいらしさ」という花言葉が生まれました。
「ノバラの道」

六月の風が吹いていた。
通学路の脇、誰も気にも留めないような斜面に、白い花がこぼれるように咲いていた。
小さな花びらが陽に透けて、ひとつひとつが光の粒のように見える。
「ノバラっていうのよ」
母が教えてくれたのは、小学生の頃だった。
「園芸のバラみたいに派手じゃないけどね、かわいいでしょ」
そう言って、母はしゃがみ込み、花の匂いを確かめるように息を吸った。
その横顔を、今でもよく覚えている。

――あれから十年。
母のいないこの町で、私はもう一度その道を歩いていた。
仕事で上京してから、忙しさにかまけて帰省も減っていたけれど、
今日は少しだけ、母の声が恋しくなったのだ。
坂道を登る途中、昔と変わらぬ白い花が目に入った。
つるを伸ばし、フェンスに絡みついて、風に揺れている。
ふとしゃがみ込むと、甘い香りが微かに漂った。
記憶の底から、母の笑い声が浮かんでくるようで、胸の奥がきゅっとなる。

「こんな場所にも、ちゃんと咲いてるんだね」
思わず声に出してしまう。
舗装の割れ目から根を伸ばし、誰に見られなくても、ただそこに咲く花。
豪華な花束のように飾られることはなくても、
この白い花は、確かに“生きている”ことを誇っているようだった。
ポケットからスマホを取り出し、そっと一枚だけ写真を撮る。
画面の中のノバラは、昔と変わらない姿で笑っていた。
――自然のままの笑顔。
母が言っていた言葉が、ふいに蘇る。
人は誰かに見てもらえなければ、価値がないと思ってしまうことがある。
仕事で成果を出せず、比べられ、焦りや苛立ちに押しつぶされそうな日々。
でも、ノバラはそんなことを気にも留めずに、
ただ自分の場所で、淡々と花を咲かせている。

風が頬を撫で、白い花びらが一枚、手のひらに落ちた。
軽くて、やわらかくて、触れるとすぐに壊れそうだった。
けれどその儚さが、なぜだか強く感じられた。
私は花びらをそっと指先で包み込み、空を見上げた。
雲の隙間からこぼれる光が、道の先まで照らしている。
その光の中で、ノバラの白がいっそう鮮やかに輝いて見えた。
――母も、きっとこの花が好きだった理由はこれだろう。
飾らなくても、ちゃんと美しい。
誰かに褒められなくても、咲くことに意味がある。
私はもう一度、深く息を吸い込んだ。
甘くて、懐かしい香りが胸に満ちていく。
「ねえ、お母さん。私、ちゃんとやってるよ」
心の中でそう呟くと、風がまたひとつ吹き抜けた。
花が揺れ、光が散る。
ノバラの道は、あの日と同じように静かで、そして温かかった。