3月11日の誕生花「ピンクのミヤコワスレ」

「ピンクのミヤコワスレ」

基本情報

  • 学名:Aster savatieri(アスター・サヴァティエリ)
  • 分類:キク科シオン属の多年草
  • 原産:日本、中国
  • 開花時期:春~初夏(4~6月頃)
  • 花の色:紫、青、ピンク、白など
  • 草丈:30~60cmほど
  • 名前の由来:鎌倉時代、承久の乱で佐渡へ流された順徳天皇がこの花を見て都を思う気持ちを忘れた、という伝承から「都忘れ」と呼ばれるようになった

ピンクのミヤコワスレについて

特徴

  • 菊のような形をした可憐で素朴な花
  • 中心は黄色で、細い花びらが放射状に広がる
  • 半日陰でも育つため、庭植えや山野草として人気
  • 春のやわらかな季節に咲く、落ち着いた優しい色合いの花
  • 切り花としても使われ、和風の庭や花壇によく合う


花言葉:「しばしの別れ」

由来

  • 承久の乱で配流された順徳天皇が佐渡でこの花を見て、都への想いを忘れられたという伝承が名前の由来とされている
  • 「都を忘れる」という言葉には、
    離れた場所で都(大切な場所や人)を思いながらも、しばらくその想いを胸にしまうという意味合いが重ねられた
  • そのため、
    離れていてもまた会えることを信じる別れ
    を表す言葉として「しばしの別れ」という花言葉が生まれた
  • とくにピンクのミヤコワスレは、やわらかな色合いから
    優しさを伴う別れや、再会を願う気持ちを象徴する花として親しまれている


春の約束 ― ピンクのミヤコワスレ

 四月の風は、どこか少しだけ寂しい。

 桜の花びらが散り始めるころ、町の空気はふっと静かになる。
 春は始まったばかりなのに、どこかで「別れ」の気配が混ざっているからかもしれない。

 駅へ続く道の途中に、小さな花屋がある。

 店先には色とりどりの花が並び、季節の匂いがやわらかく広がっていた。

 由香はその前で足を止めた。

 ふと、目に入った花があった。

 小さな菊のような形の花。
 細い花びらが広がり、中心は黄色。
 そして、やさしいピンク色。

 ――ミヤコワスレ。

 小さな札に、そう書かれていた。

 由香はしゃがみ込み、その花をじっと見つめた。

 派手な花ではない。
 けれど、どこか心に残る色だった。

 静かで、やわらかな春の色。

 「好きなんですか?」

 店の奥から、花屋の店主が声をかけた。

 由香は少し驚いて顔を上げた。

 「ええ、なんとなく……」

 「ミヤコワスレですよ」

 店主は花を一輪持ち上げた。

 「花言葉、知っていますか?」

 由香は首を振った。

 店主は微笑んだ。

 「しばしの別れ、です」

 その言葉を聞いた瞬間、由香の胸に小さな波が広がった。

 しばしの別れ。

 それは、今の自分にぴったりの言葉だった。

 三日後、由香はこの町を離れる。

 仕事の都合で、遠い街へ引っ越すことが決まっていた。

 この町には、大学時代から七年間暮らしていた。
 小さな商店街も、古い公園も、毎朝通る駅前の道も、すべてが当たり前の景色だった。

 そして、ここには――

 大切な人もいた。

 そのとき、後ろから声がした。

 「由香?」

 振り向くと、涼太が立っていた。

 「やっぱり」

 彼は少し笑った。

 「ここにいる気がした」

 由香は思わず笑った。

 「どうして?」

 「なんとなく」

 それは、昔からの二人の口癖だった。

 理由はない。
 でも、なぜか分かる。

 涼太は花を見た。

 「ミヤコワスレか」

 「知ってるの?」

 「うん。祖母が好きだった花なんだ」

 彼はしゃがみ込み、花をじっと見つめた。

 「花言葉、知ってる?」

 由香が聞くと、涼太は少し考えてから言った。

 「確か……別れの花だったような」

 「しばしの別れ、だって」

 由香がそう言うと、涼太は小さくうなずいた。

 風が吹いた。

 ピンクの花びらが、やさしく揺れた。

 その姿は、とても静かだった。

 派手でもなく、誇らしげでもなく。
 ただ、そこに咲いている。

 「昔さ」

 涼太が言った。

 「順徳天皇が佐渡に流されたとき、この花を見て都を忘れられたって話があるんだよ」

 「都忘れ……」

 由香は花の名前をゆっくり口にした。

 「でも、忘れたっていうより」

 涼太は花を見つめたまま言った。

 「きっと、少しだけ心を休めたんじゃないかな」

 由香はその言葉を、胸の中で繰り返した。

 少しだけ心を休める。

 忘れるわけではない。
 大切なものを、手放すわけでもない。

 ただ、離れている間、
 その想いをそっと胸にしまっておく。

 それが「しばしの別れ」なのかもしれない。

 由香は花を見つめた。

 ピンクのミヤコワスレ。

 やわらかな春の色。

 「また会えるかな」

 思わず口に出ていた。

 涼太は少し驚いた顔をして、それから笑った。

 「当たり前だろ」

 その言い方は、昔と同じだった。

 何も特別なことは言わない。
 でも、その言葉には確かな温度があった。

 店主がミヤコワスレを小さな花束にしてくれた。

 由香はそれを受け取った。

 春の匂いがした。

 店を出ると、駅へ続く道に光が落ちていた。

 二人は並んで歩き出す。

 特別な会話はなかった。

 それでも、不思議と寂しさは少しやわらいでいた。

 しばしの別れ。

 それは終わりではない。

 また会える日までの、静かな時間。

 由香は胸の中で思った。

 遠い街に行っても、この春のことをきっと思い出すだろう。

 駅の前で、二人は立ち止まった。

 風が吹く。

 花束の中のピンクのミヤコワスレが、やさしく揺れた。

 まるで、小さな約束のように。