「オトギリソウ」

基本情報
- 科属:オトギリソウ科オトギリソウ属
- 学名:Hypericum erectum
- 英名:St. John’s wort(広義)
- 分布:在来種 日本全土、朝鮮、中国、台湾、ロシア
- 生育環境:草地、林縁、山道、日当たりのよい斜面など
- 開花時期:
7~9月 - 花色:鮮やかな黄色
- 草丈:30〜60cmほど
オトギリソウについて

特徴
- 鮮やかな黄色の5弁花を咲かせ、中央から多数の雄しべが放射状に広がる特徴的な姿。
- 葉をこすると黒い点や赤い汁がにじむ(成分:ヒペリンなど)。
- 草全体に**黒点(油点)**があることが多く、これが見分けポイントになる。
- 昔から薬草として利用され、止血や消炎の用途で民間療法に使われてきた。
- 見た目は可憐だが、名前や伝承はやや物騒で、強い印象を持つ植物として知られる。
花言葉:「秘密」

由来
- 薬効の秘伝が外に漏れたことにまつわる伝承から生まれた。
- ある鷹匠(たかじょう)が、傷ついた鷹を治すために使っていた薬草のレシピを「秘伝」として隠していたという話がある。
- しかしある日、鷹匠の弟がその秘密を外に漏らしたと言われ、鷹匠は激怒して弟を切り捨てた――という伝説が伝わる。
- その薬草がこの植物だと信じられ、
→ 「弟を切る草」=弟切草(オトギリソウ)
という名前に。 - この“秘められた薬草”という背景から、
→ 花言葉は「秘密」
となった。
「ひかりを隠した草」

山の空気は、夏の朝でもひんやりとしていた。
涼馬は父の後ろを歩きながら、まだ眠たげに瞬きをした。父は鷹匠として名を知られた男で、今日も山に入り、薬草を採るのだと言う。
「涼馬、ついてこい。細い道だ、気をつけろ」
父の背中は大きく、険しい山道でも一度も揺れずに進んでいく。それは涼馬にとって、まだ追いつけない“強さ”の象徴だった。
やがて父が立ち止まり、指先でそっと草を示した。
細く鋭い葉、そして葉脈の端に散らばる黒い点。朝露が光り、草は金色に揺れている。
「これが……オトギリソウ?」

涼馬がささやくように尋ねると、父は無言のまま頷き、黄色い花に手を伸ばした。
「鷹が傷を負ったとき、この草の汁が血を止める。だが——」
父は花びらの裏に指を当て、黒い点を軽くこすった。
じわりと赤い汁が滲み、朝の光に透けた。
「この草の効能は、家に代々伝わる秘伝だ。外に漏らしてはならない」
その言葉には、いつもどこか影があった。涼馬は幼いながら、それを感じていた。
「どうして秘密なの? こんなに役に立つなら、みんなに教えればいいのに」
涼馬がそう言うと、父はしばらく黙り込み、やがて小さく笑った。
「——昔、それを外に漏らして命を落とした男がいた」
その声は、山風よりも冷ややかに響いた。
「鷹匠の弟だ。勝手に秘伝を話し、兄に切られたという。愚か者の末路だ」
涼馬は息を呑んだ。
そんな残酷なことが本当にあったのかと、胸がざわつく。しかし父はそれ以上語らず、再び採取を続けた。
***

家に戻ると、鷹が一羽、籠の中で苦しげに身じろぎをしていた。
翼に深い傷を負い、血が乾ききらないままだ。
「涼馬、水を持ってこい」
父の声に背中を震わせながら、涼馬は急いで水を汲みに走った。
戻ったとき、父はオトギリソウの汁を布に染み込ませ、鷹の翼にそっと押し当てていた。
その指先には迷いも揺らぎもない。ただ静かな技が宿っている。
涼馬は思わず見ほれた。
命を救うための手。それは厳しさの影に、確かに慈しみを秘めていた。
だが、同時に胸の奥でひっかかった疑問があった。
——どうしてこの草は「弟を切る草」と呼ばれるようになったんだろう。
父は秘伝を守るためなら、どんな選択でも迷わないのだろうか。
もし、自分が間違って誰かに漏らしてしまったら……。

その考えが胸をしめつけ、涼馬は唇を噛んだ。
父は鷹の手当てを終え、ふうと息をついた。
「涼馬、覚えておけ」
父はゆっくりと顔を上げた。
「秘伝とは、守るためのものだ。草の力を、鷹の命を、そして……自分の大切なものを」
涼馬は目を丸くした。
それは、兄が弟を切り捨てたという伝説の裏に、別の意味があるようにも思えた。
真実は、山深くに沈められた“秘密”のように語られないままなのかもしれない。
だが一つだけ確かなことがあった。
オトギリソウは、黄色い花をそっと揺らしながら、人の心の奥に潜む影も光も、静かに映し出していた。
その花言葉が「秘密」である理由が、涼馬にも少しわかった気がした。
彼はそっとつぶやいた。
「ぼくも……守れる人になりたいな」
窓辺で風に揺れる花びらが、まるでその言葉に応えるようにきらめいた。