「ツルニチニチソウ」

基本情報
- 分類:キョウチクトウ科(※旧分類ではツルニチニチソウ科)
- 学名:Vinca
- 原産地:ヨーロッパ〜地中海沿岸
- 開花時期:3月〜6月頃
- 花色:青紫、紫、淡紫、白など
- 草丈:10〜30cmほど(つるは横に広がる)
- 性質:常緑多年草・グラウンドカバー向き
ツルニチニチソウについて

特徴
- つるを伸ばしながら地面を覆うように広がる
- 冬でも葉を落とさず、季節を通して緑を保つ
- 小ぶりで整った花を、繰り返し咲かせる
- 手入れが少なくてもよく育ち、丈夫
- 日向から半日陰まで幅広い環境に適応する
- 野原や庭先、道端など身近な場所で見られることが多い
花言葉:「楽しき思い出」

由来
- 毎年同じ場所で変わらず花を咲かせる姿が、繰り返し思い出される過去の記憶と重ねられたため
- つるが広がりながら咲き続ける様子が、思い出が連なって心に残る感覚を連想させた
- 目立ちすぎない花姿が、日常の中に溶け込む懐かしい記憶を思わせたことから
- 常緑で季節を越えて存在し続ける性質が、消えない思い出の象徴と考えられたため
- 見るたびに「以前もここにあった」と気づかせる花として、穏やかな回想と結びついた
「変わらず咲く場所で」

その小道を歩くたび、私は無意識に歩調を落とす。
川沿いの住宅地を抜ける、ほんの百メートルほどの近道。舗装はひび割れ、脇には古いフェンスが続いている。特別な景色は何ひとつない。けれど、春になると、その足元にだけ、必ず青紫の小さな花が広がる。
ツルニチニチソウだ。
初めてその名前を知ったのは、ずいぶん昔のことだった。小学生のころ、祖父と一緒に歩いた帰り道。祖父は突然しゃがみ込み、私を手招きして言った。
「ほら、これ。毎年、同じところに咲くんだ」
花は小さく、決して派手ではなかった。チューリップや桜のように、人の目を奪う華やかさもない。それでも祖父は、その花をとても大切そうに眺めていた。
「覚えておくといい。こういうのが、あとから効いてくるんだ」

当時の私は、その意味がわからなかった。ただ、祖父の低い声と、川の音と、花の色だけが、ぼんやりと記憶に残った。
——それから何年も経った。
祖父はいない。家も変わり、町並みもずいぶん様変わりした。それでも、この小道だけは不思議なほど変わらない。フェンスの錆も、川の匂いも、そして足元に広がるツルニチニチソウも。
つるは地面を這うように伸び、少しずつ場所を広げている。一本一本は弱々しく見えるのに、気づけば一面を覆っている。その様子を見ていると、思い出というものの形を見ているような気がした。
ひとつひとつは取るに足らない出来事。帰り道の会話、何気ない笑顔、特別でもない風景。けれど、それらが重なり合い、連なって、気づけば心の奥を覆っている。
私は立ち止まり、しゃがみ込む。指先で触れないよう、そっと近づけるだけにする。花は何も語らない。ただ、そこに在る。

派手ではない。主張もしない。
それでも、「ここにいる」と、静かに教えてくる。
この道を通るたび、私は過去の自分とすれ違う。学生だった頃の私。仕事に追われていた頃の私。何かを失い、何かを得た私。そのすべてが、この花を見ていたはずなのに、そのときは気づかなかった。
楽しき思い出とは、きっと、胸を高鳴らせるような出来事だけを指すのではない。
笑い声や拍手の中にあるものだけではない。
何も起こらなかった日の記憶。
ただ一緒に歩いただけの時間。
何気なく見過ごしていた景色。
そういうものが、あとになって、静かに効いてくる。
祖父の言葉が、今になってようやく理解できた気がした。

ツルニチニチソウは、季節を越えて葉を落とさない。冬の間も、地面に張りつくように緑を保ち、春になると、また花を咲かせる。消えたように見えても、どこかで息をしている。
思い出も、きっと同じだ。
忘れたつもりでも、なくなったわけではない。
ただ、静かに、日常の底で待っている。
立ち上がると、夕方の風が川面を揺らした。
私は歩き出す。振り返らない。それでも、足元の花が、そこに在ることを知っている。
来年も、きっと咲くだろう。
私が覚えていようと、忘れていようと。
それが、楽しき思い出というものの、やさしい強さなのだと思う。
派手に語られなくてもいい。
写真に残さなくてもいい。
ただ、同じ場所で、変わらずに。
ツルニチニチソウは今日も、誰にも気づかれないまま、確かに咲いている。
私たちの足元で、静かに、記憶をつなぎながら。