「シャクヤク」

基本情報
- 学名:Paeonia lactiflora
- 科名:ボタン科 / ボタン属
- 原産地:中国東北部~シベリア(ユーラシア大陸の東北部)
- 開花時期:5月~6月頃(春~初夏)
- 草丈:60~100cm程度(多年草)
- 栽培場所:日当たりと水はけの良い場所が適する
シャクヤクについて

特徴
- 花の美しさ:大輪の華やかな花が特徴で、色はピンク、白、赤など多彩です。
- 香り:上品な香りを持つ品種も多く、切り花としても人気。
- 生育サイクル:冬は地上部が枯れ、春になると新芽が出て再び花を咲かせます。
- 薬用植物:根は漢方薬「芍薬(しゃくやく)」として利用され、鎮痛・鎮静作用があるとされています。
花言葉:「はにかみ」

シャクヤクの花言葉の一つである「はにかみ(恥じらい)」には以下のような由来があります。
- 開花の様子:シャクヤクは、つぼみの状態ではしっかりと閉じていて、時間をかけてゆっくりと花開きます。その慎ましやかに花を咲かせる様子が、「恥じらいながら顔を見せる」ように見えることから、「はにかみ」という花言葉が生まれたといわれます。
- 見た目の印象:華やかながらも上品で控えめな雰囲気を持つ花姿が、日本的な奥ゆかしさや恥じらいを連想させるとも考えられています。
- 文化的背景:日本や中国の詩や文学の中で、シャクヤクはしばしば美女に例えられてきました。恥じらいを見せる女性の姿と重ねられることが、花言葉に影響を与えたとも考えられています。
「芍薬のころ、君を待つ」

六月の風は、どこか湿り気を含んでいて、土の匂いと若葉の青さが入り混じった香りを運んでくる。
駅からほど近い旧家の庭には、芍薬の花がちょうど咲き始めていた。
「今年も咲いたのね」
凛は庭の縁側に腰をおろし、ゆっくりと咲きかけた芍薬に目を細めた。
蕾はまだ固く、けれど先端の花びらがわずかに色づいて、今にもほころびそうだった。

この家には、祖母が生前大切にしていた芍薬の株が五株ほどある。
祖母が他界した春から三年。凛は都会の大学生活を終え、ふと思い立ってこの家に戻ってきた。誰かに呼ばれた気がした。芍薬の香りに導かれたのかもしれない。
その頃、庭先の門がかすかに開く音がした。
「凛……?」
聞き慣れた声だった。懐かしさとわずかな緊張が混ざった響き。
振り返ると、そこには和馬が立っていた。

「久しぶり……高校卒業ぶりかな?」
「……うん、八年ぶりくらいかも」
二人の間に流れる沈黙は、決して重くなかった。むしろ、あの頃と同じような、春の陽だまりのような時間だった。
和馬は祖母の知り合いの孫で、幼い頃からこの家によく出入りしていた。
高校時代、ふたりは毎年この季節になると、芍薬の蕾のふくらみを見ては、どちらが早く咲くかを競った。けれど、それ以上の言葉は交わさなかった。
凛はずっと、和馬のまっすぐな瞳に見つめられると、何も言えなくなるのだった。

「今年も咲いたね。芍薬。あの頃と変わらない」
和馬が花に視線を落とす。その横顔はすこし大人びていて、けれど変わらぬ優しさを湛えていた。
「……恥ずかしいな。いまさらだけど、私、あの時——」
凛は途中まで言いかけて、言葉を飲み込んだ。胸の奥にしまっていた気持ちは、まるで芍薬のつぼみのように、まだ固く、でも確かに咲こうとしていた。
和馬はそれを察したのか、にこりと笑った。
「知ってたよ。なんとなく。でも、待ってた。ゆっくりでいいって思ってたから」

その言葉に、凛の胸の奥にあった何かがほどけた。
ゆっくりと、けれど確かに花開くように。
二人は芍薬の前に並んで立ち、その香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
まだ咲きかけの花々が、まるで二人の再会を祝うように、やさしく風に揺れていた。
—
花は語らず、ただ咲く。
けれど、その姿は何よりも雄弁だ。
恥じらいながらも、静かに、真っ直ぐに。
それはまるで、あの日からずっと心にしまっていた気持ちと同じだった。