「ゲッカビジン」

基本情報
- 学名:Epiphyllum oxypetalum (クジャクサボテン属)
- 和名/別名:月下美人/月来香(ゲツライコウ)
- 原産地:中南米(メキシコ〜中米)の森林に自生する着生サボテン
- 植物タイプ:常緑多肉の多年生、草丈は1〜2 mほどに成長
ゲッカビジンについて

特徴
- 開花時期:主に日本では7月から11月にかけて夜に開花。高温期の真夏は避け、適期は夏の夜
- 一夜花:夕方に蕾が開き始め、夜~深夜に満開となり、翌朝にはしぼむ儚い性質
- 香り:ジャスミンに似た甘く濃厚な芳香があり、夜空に漂う強い香りは「月来香」の名の通り
- 受粉の仕組み:夜咲きしコウモリによって受粉される進化を遂げている
花言葉:「はかない恋」

ゲッカビジンには多くの花言葉がありますが、代表的なものとして「儚い恋(はかない恋)」「はかない美」「艶やかな美人」「ただ一度会いたくて」などがあります 。
「はかない恋」「はかない美」
花が一晩でしぼんでしまう短命さに由来し、その儚さが“恋”や“美”に重ねられたからです 。
「艶やかな美人」
大輪の白い花と強い香りが、夜の女王のような艶やかさを感じさせることからです 。
「ただ一度会いたくて」
一夜花の切ない一瞬の出会いを切望するような、ロマンティックな思いが込められています。
🏷️ 名前の由来
- 月明かりの下で咲くこと:その神秘的な花姿から名付けられたという説があり。
- 昭和天皇の台湾訪問時のエピソード:皇太子時代の昭和天皇がこの花に心奪われ、「月下の美人」と称されたという逸話も
「ただ一度、会いたくて」

夏の終わり、都会の喧騒を離れた古い山荘に、私は一人で滞在していた。
かつて祖母が暮らしていたその家には、手入れの行き届かない小さな温室があり、蔦に覆われたガラス越しに、夏の名残の陽が差し込んでいた。
祖母が大切にしていた花がある。
それは――月下美人。
「夜にしか咲かないのよ。そして、一晩だけ。まるで夢みたいな花なの」

子どもの頃、祖母がそう語っていたのをよく覚えている。私にはその儚さがよくわからなかった。ただ、白く大きな花が夜の暗がりの中にぽっと浮かぶように咲く、その光景だけが妙に心に残っている。
大学時代のある夜、彼に出会ったのも、そんな夏の終わりだった。
「咲いたよ」と、彼は一本の枝を見せてくれた。私が通っていた植物学ゼミの先輩で、研究熱心な人だったけれど、不器用で、少し照れ屋だった。
「月下美人。君に見せたかったんだ」

満開の白い花は、まるで夜の静寂を引き裂くように、強く甘い香りを放っていた。その一瞬だけ、私の世界が変わった気がした。
けれど――それきりだった。
彼は卒業後、地方の研究所に移り、連絡は自然と途絶えた。私も就職して、忙しさにかまけて、あの夜のことは胸の奥にそっとしまっていた。
そして今年、祖母の十三回忌を機に、この山荘に戻ってきた。
あの温室に、まだ月下美人は残っているだろうか。そんな思いに駆られ、夕方、庭に足を運んだ。

温室の中はすっかり荒れていたが、一角にしっかりと根を張った葉が伸びていた。茎の先に、ひとつだけ、つぼみが揺れている。
――咲くかもしれない。
夜が更け、月が昇るころ、私はひとり椅子を出して、温室の前で待っていた。
そして――
静かな時のなか、つぼみはゆっくりと開き始めた。
白く大きな花が、まるで星が地上に降りてきたかのように、音もなく輝きを放つ。ジャスミンに似た濃厚な香りが空気を満たしていく。
そのときだった。

「やっぱり、咲いたんだな」
その声に、私は振り向いた。
――そこに、彼がいた。
白髪が混じりはじめた髪。少し痩せた輪郭。けれど、その瞳は昔と変わらない優しさを湛えていた。
「……どうして、ここに?」
「祖母様が生前、君の話をよくしてくれてたんだ。十三回忌だって聞いて、もしやと思って。……それに、この花も」
彼はそっと、月下美人に目を向けた。
「たった一晩だけ、咲いて、散る。それがわかっていても、見たくなる。……まるで、君とのことみたいだと思ってた」
私は何も言えなかった。けれど、彼の隣に腰を下ろし、二人で黙って花を見つめた。
夜空の下、真白な花が静かに揺れている。
「はかない恋」
「はかない美」
「艶やかな美人」
「ただ一度会いたくて」
すべてが、この一瞬に詰まっていた。
そして私は知った。――それでも、この花は美しいと。
だからこそ、人はまた、出会いたくなるのだと。
もう一度。
ただ一度、会いたくて。