「ホトトギス」

基本情報
- 和名:ホトトギス(杜鵑草)
- 英名:Toad lily(ヒキガエルリリー)
- 学名:Tricyrtis hirta
- 科名:ユリ科(またはホトトギス科に分類されることも)
- 属名:ホトトギス属(Tricyrtis)
- 原産地:日本(本州~四国・九州)
- 開花期:8月~9月(秋の花)
- 花色:白、薄紫、淡紅紫など(斑点模様が特徴)
ホトトギスについて

特徴
- 斑点模様が特徴的な花
- 花びらに紫色の斑点が散る独特な模様を持ちます。
- この斑点が、鳥の「ホトトギス(不如帰)」の胸の斑点に似ていることから名づけられました。
- 控えめで上品な佇まい
- 花はあまり大きくなく、下向きや横向きに咲くため、派手さはありません。
- 山野の木陰など、柔らかな光の中で静かに咲く姿が印象的です。
- 丈夫で日陰にも強い
- 強い直射日光よりも半日陰を好みます。
- 落葉樹の下や庭の隅など、ひっそりとした場所でよく育ちます。
花言葉:「秘めた思い」

由来
花言葉「秘めた思い」は、ホトトギスの咲き方と姿に深く関係しています。
🔹 1. ひっそりと咲く姿
ホトトギスは派手に咲き誇る花ではなく、森の木陰や人目の少ない場所で静かに咲きます。
その控えめで奥ゆかしい姿が、**「心に秘めた想い」「人に言えない恋心」**を象徴しています。
🔹 2. 複雑で繊細な模様
花びらに散る斑点模様は、まるで心の奥に隠された感情のよう。
表には出さずとも、内には深い想いが宿っている——そんな印象から「秘めた思い」という花言葉が生まれました。
🔹 3. 秋に咲く静かな花
多くの花が終わる秋の終わり頃に咲くことも、
「時を待ち、静かに想いを温める」イメージと重なります。
短い季節にひっそりと咲くその姿が、忍ぶ恋や内に秘めた感情を連想させるのです。
木陰に咲く想い — ホトトギスの花言葉「秘めた思い」より

夏の名残を引きずる風が、校庭の端を渡っていった。木立の影に隠れるように、紗耶はしゃがみ込んでいた。手のひらには、まだ蕾を残した小さな花。薄紫の花びらには、細やかな斑点が散っている。
「ホトトギス……」
そう呟くと、となりで風間が微笑んだ。
「よく知ってるね。山の花なのに」
「去年、おばあちゃんに教わったの。木陰でひっそり咲く花だって」
風間はうなずき、そっとその花に指先を伸ばした。だが、すぐに引っ込める。まるで触れることをためらうように。

放課後の園芸部。二人だけが残った温室には、夕方の光が淡く射し込んでいた。
テニス部の声も、校舎のざわめきも遠い。聞こえるのは、ホトトギスの葉を揺らす微かな音だけ。
「風間くん、進路決まったって聞いた」
「うん。県外の大学。……まだ親にもちゃんと言ってないけど」
彼の声はどこか迷いを含んでいた。
紗耶は花を見つめたまま、胸の奥に押し込めていた言葉を思い出していた。
伝えたい気持ち。けれど、伝えたら何かが変わってしまう気がして、ずっと飲み込んでいた。
「ホトトギスってね」
小さな声で紗耶は言った。
「人の目にあまり触れない場所で咲くんだって。派手じゃないし、気づかれないことも多い。でも、それでもちゃんと季節を感じて、咲くの」
「……秘めた思い、ってやつ?」
「うん。花言葉」

風間が静かに笑った。
「なんか、紗耶みたいだな」
「え?」
「クラスでも目立たないけど、ちゃんと自分の世界を持ってるとこ」
その言葉に、紗耶の指先が小さく震えた。
言葉を返そうとしたが、喉の奥で止まった。胸の奥が熱く、そして少し痛い。
「ねえ、紗耶」
「……なに?」
「もし、俺がいなくなっても、この花みたいに咲いててほしい」
「どういう意味?」
「今、言ったら……きっと、後悔するから」

それだけ言って、彼は立ち上がった。
温室の扉が開くと、風が花を揺らした。小さな花びらがわずかに光を反射する。
紗耶はそっとその花を見つめた。
薄紫の花びらに散る斑点が、まるで涙の跡のように見えた。
――表には出さずとも、内には深い想いが宿っている。
おばあちゃんが言っていた言葉を思い出す。
「人に見せなくても、咲くことに意味があるのよ」
その晩、ノートの隅に小さくホトトギスの絵を描いた。
「秘めた思い」と添えて。
誰にも見せないままページを閉じたとき、心の奥に静かなあたたかさが広がった。
それは、言葉にできなかった想いが、確かに咲いた瞬間だった。